5年前の今日、前の職場(病院です)で大きくゆったりした揺れを感じ、その異常さに嫌な感じを覚え、被害の有無を確認するために産科・新生児科などが入っている病棟とオペ室に飛んでいった事を今も強く覚えています。
幸いにして何事もなかったんですが、その後戻った事務所のテレビで次々に入ってくる東北の被害。
時間が経ち、日が経つに連れ次第に明らかになってくる、激しい揺れと津波と福島第一原子力発電所炉心メルトダウンによる甚大な被害。
街と人を飲み込みながら陸地に襲いかかる津波。
原子炉から吹き出す大量の水素ガス。
まだ若い頃、阪神大震災発生2日後に現場に行って目の当たりにしたその凄さも悲惨でしたが、テレビを通じて伝わってくる東日本の被害の実態に言葉もありませんでした。
5年が過ぎ2016年になりましたが、今だ17万人の方が自分の住処に帰還できず、震災関連死は3000人を越え、フクイチでは破壊された炉心(破壊の原因を東電は想定外の津波によると言っているようですが、1号機では津波到来前に建屋内の放射能量が急上昇したという情報もあります)に今だ近づくことも出来ず、強い放射線を発生させたままのデブリをどうすることも出来ない状況があと数十年続くと思われます。
そして私だって偉そうなことは言えない。
私自身はあれから今まで、この震災に対して、まるで何も出来なかった5年でした。
何回か募金をしたり、震災後暫くして大洗まで行って温泉に入ったり、つい先日は知り合いになった大学生にお願いされて福島の食品を現場で買ってもらったりということはしてましたが、具体的には何の直接的行動も起こせていない自分です。
でも自分の中で、阪神大震災も東日本大震災も風化はしてません。
忙しい日々の中でという埒もない言い訳しながら直接的行動は取らなかったし、今後もそうかもしれない。
今出来ることは限られているかもしれないけど、少なくとも忘れないようにする。
起こったことは、忘れません。
そしてもう少しして仕事と時間の余裕ができたら、今度は大洗よりもっと北まで遊びに行こうと思います。
温泉もあるし、近づけるかどうかはわからないけどフクイチ近くにはいくつか山神社もあるし。
そういう感じのことしか私には出来そうもありませんが、でも、出来そうなこと出来るときにしてみたいと思います。
世間に良くある温泉日記。
だけど毎日は行けないので、日記ではなく週記。
温泉だけでなく、町の銭湯とかスー銭に行った事や、Macの事とか、山神社のこともだし、罵詈雑言や更にはやぎさんの件やウォーキングやロードバイクやロードスターやスイフトスポーツやその他の事も。
2016年3月11日金曜日
2014年4月23日水曜日
温泉に行かない日(273) まる3年
2011年4月23日23時54分に始めたこのブログも丸3年経過し、本日より4年目のシーズンに入りました。
今に至っても中々消え去ってくれない東日本大震災の影響ですが、開始当時は云うまでもなく今よりもっともっと色濃くその暗い姿が東日本を中心に日本全国を覆い尽くしており、そんな非常事態のまっただ中でこんな馬鹿な事始めても良いのかと思ってました。
私自身へは幸いにも、直接的な震災の影響は無かったと云えるのですが、精神面への侵襲は結構強いものがあり、夜中にいきなりわけも無く涙が出てきて止まらなかったり、ふとした時に急に何かとても不安な気持ちに成ったりして不安定な感じでした。
でもこのブログで身辺の下らないことや温泉の事を書き記したりしていると、その感情が何か紛らって行くような気がして、自分自身を安定させる為に続けてきた一面もあるような気がします。
あれから色々変わったな。
老眼が進んだり、持久力が落ちてきたりと肉体的にははっきりと老いの影響が現れてきたし、職場も変わって単身赴任を再び始めたり、単身赴任先にある山神社に興味を持ったりしたし、ガキ共が二人とも何とか大学生に成ったりして、老年を前にして何か本当に生活環境や精神環境が変わってきました。
変わらないものなんて何も無いです。
これから先も歳を取りながら、このブログを書いたり仕事したり遊んだりして生きていくんでしょうが、まあ精々頑張って楽しみながら過ごしたいと思ってます。
最近忙しい事もあって以前のような投稿数は確保できず、今月もこれでやっと8ポスト目なんですが、まあ此れくらいが当初想定していたペースですし、変に無理する事も無いと思いますので、今後もゆっくりぽつぽつ書いていこうと思います。
今に至っても中々消え去ってくれない東日本大震災の影響ですが、開始当時は云うまでもなく今よりもっともっと色濃くその暗い姿が東日本を中心に日本全国を覆い尽くしており、そんな非常事態のまっただ中でこんな馬鹿な事始めても良いのかと思ってました。
私自身へは幸いにも、直接的な震災の影響は無かったと云えるのですが、精神面への侵襲は結構強いものがあり、夜中にいきなりわけも無く涙が出てきて止まらなかったり、ふとした時に急に何かとても不安な気持ちに成ったりして不安定な感じでした。
でもこのブログで身辺の下らないことや温泉の事を書き記したりしていると、その感情が何か紛らって行くような気がして、自分自身を安定させる為に続けてきた一面もあるような気がします。
あれから色々変わったな。
老眼が進んだり、持久力が落ちてきたりと肉体的にははっきりと老いの影響が現れてきたし、職場も変わって単身赴任を再び始めたり、単身赴任先にある山神社に興味を持ったりしたし、ガキ共が二人とも何とか大学生に成ったりして、老年を前にして何か本当に生活環境や精神環境が変わってきました。
変わらないものなんて何も無いです。
これから先も歳を取りながら、このブログを書いたり仕事したり遊んだりして生きていくんでしょうが、まあ精々頑張って楽しみながら過ごしたいと思ってます。
最近忙しい事もあって以前のような投稿数は確保できず、今月もこれでやっと8ポスト目なんですが、まあ此れくらいが当初想定していたペースですし、変に無理する事も無いと思いますので、今後もゆっくりぽつぽつ書いていこうと思います。
2013年3月11日月曜日
温泉に行かない日(163) 祈念の日
昨年の今日も同じタイトルで書きました。
今年も強い自省を込めて書きます[1]。
ここ数日、東日本大震災に関する凄まじい量のニュース・特番・お涙もの・非常に真っ当なプログラム等々が世の中に流されています。
まさに「大洪水」「大津波」を彷彿とさせる程の量の情報です。
「震災を風化させない」という名の下、各局・各紙・各誌こぞって今日3月11日を中心としてその前後は東日本大震災の情報を流します。
政府の偉い方々も、今日ばかりは原発の再稼働を進めたいという本音を鎧の下に隠して差のことには触れず、
「俺達は東日本のことを考えている。前政権よりも使い勝手のいい復興予算を準備した(事により知り合いのゼネコンを儲けさせる段取りは万全だ)」
なんて調子のいいことばっかり言ってます。
誰もが、今日3月11日にそれらをがなり立てています。
「年」という概念がどのような経緯で出来、どのような意味を持つのかよくわかんないんですけど、その長さは「たまたま」決ったわけでしょう。
もし「1年」という長さが、今で言う「10年分」だったとしたら、つまり、次回に訪れる3月11日が、今の時間の基準で言う10年後だったら、皆さん10年に1回しか東日本のことを書かないことになってるかも知れません。
要するに、東日本大震災や、もちろんそれだけでなくいろんな災害や事故やそういったものは全てそうだと思うけど、1年経ったからどうとか、2年経ったからああだとか、今日の14時46分からは3年めに突入だとか、そんな時間的区切りだけで語れるものじゃないでしょ[2]。
特に東日本大震災の場合、原発という極めて兇悪な要因が絡まった事もあって、問題が長期化していますよね。
多分当事者にとって、1年経ったからということなんて実はどうでもよくて、それ以前に毎日毎日の生活が大事だってことだと思うんです。
多分、やってくる毎日、去っていく毎日、記憶に残ってく毎日が全部戦いみたいなもんなんでしょう。
どうでしょうマスコミのみなさん。
私思うんですけど、今日一日流される東日本関係の情報量を365で割って、それぞれを1年365日忘れず毎日必ず流すというやり方ではダメっすかね?
新聞だったら、3月11日にはそうだな。
量的にはせいぜい1ページ程度で十分じゃないかな。
でも内容は、うんと質を上げてほしい。
そして掲載は当然1面で。
1年に1遍だけ、どーんとデカい打ち上げ花火ぶっぱなすだけじゃあつまんないでしょ。
バレンタインデーじゃあるまいし。
今年も強い自省を込めて書きます[1]。
ここ数日、東日本大震災に関する凄まじい量のニュース・特番・お涙もの・非常に真っ当なプログラム等々が世の中に流されています。
まさに「大洪水」「大津波」を彷彿とさせる程の量の情報です。
「震災を風化させない」という名の下、各局・各紙・各誌こぞって今日3月11日を中心としてその前後は東日本大震災の情報を流します。
政府の偉い方々も、今日ばかりは原発の再稼働を進めたいという本音を鎧の下に隠して差のことには触れず、
「俺達は東日本のことを考えている。前政権よりも使い勝手のいい復興予算を準備した(事により知り合いのゼネコンを儲けさせる段取りは万全だ)」
なんて調子のいいことばっかり言ってます。
誰もが、今日3月11日にそれらをがなり立てています。
「年」という概念がどのような経緯で出来、どのような意味を持つのかよくわかんないんですけど、その長さは「たまたま」決ったわけでしょう。
もし「1年」という長さが、今で言う「10年分」だったとしたら、つまり、次回に訪れる3月11日が、今の時間の基準で言う10年後だったら、皆さん10年に1回しか東日本のことを書かないことになってるかも知れません。
要するに、東日本大震災や、もちろんそれだけでなくいろんな災害や事故やそういったものは全てそうだと思うけど、1年経ったからどうとか、2年経ったからああだとか、今日の14時46分からは3年めに突入だとか、そんな時間的区切りだけで語れるものじゃないでしょ[2]。
特に東日本大震災の場合、原発という極めて兇悪な要因が絡まった事もあって、問題が長期化していますよね。
多分当事者にとって、1年経ったからということなんて実はどうでもよくて、それ以前に毎日毎日の生活が大事だってことだと思うんです。
多分、やってくる毎日、去っていく毎日、記憶に残ってく毎日が全部戦いみたいなもんなんでしょう。
どうでしょうマスコミのみなさん。
私思うんですけど、今日一日流される東日本関係の情報量を365で割って、それぞれを1年365日忘れず毎日必ず流すというやり方ではダメっすかね?
新聞だったら、3月11日にはそうだな。
量的にはせいぜい1ページ程度で十分じゃないかな。
でも内容は、うんと質を上げてほしい。
そして掲載は当然1面で。
1年に1遍だけ、どーんとデカい打ち上げ花火ぶっぱなすだけじゃあつまんないでしょ。
バレンタインデーじゃあるまいし。
そして毎日の事として、社会面に原稿用紙1枚分のスペースを必ず割いて、何でもいいから毎日掲載し続けません?
テレビだったら、ゴールデンタイムに流される人気のある俳優が出るドラマが始まる寸前の10秒間、すごく売れているアーティストが出る歌番組の冒頭10秒間、そんだけでいいです。
被災者やそうじゃない人、右や左の首魁たち、エラい人や偉くない人、まっとうな人から一寸変な人、日本人も外人も、場合によっては宇宙人も、とにかくいろんな人に一寸無償で出てもらって、俺達は立場に関係なくいろんな形で東日本に関わっていくんだという事を少しづつ喋ってもらおうよ
ほんの一寸でいいんだ。
テレビだったら、ゴールデンタイムに流される人気のある俳優が出るドラマが始まる寸前の10秒間、すごく売れているアーティストが出る歌番組の冒頭10秒間、そんだけでいいです。
被災者やそうじゃない人、右や左の首魁たち、エラい人や偉くない人、まっとうな人から一寸変な人、日本人も外人も、場合によっては宇宙人も、とにかくいろんな人に一寸無償で出てもらって、俺達は立場に関係なくいろんな形で東日本に関わっていくんだという事を少しづつ喋ってもらおうよ
ほんの一寸でいいんだ。
東日本のことを毎日伝えません?
その点、(半端に左寄りなので私が嫌いな)朝日新聞が連載し続けているプロメテウスの罠[3]は、敵ながら天晴なコンテンツだと思います。
[1]
今回の論旨にも関わらず、私はこの2年、継続的には何もしてこなかったじゃないか、という意味での強い自省です。
せいぜい、
程度のこと。
今後、何をすべきか考えないと、言動不一致になってしまう。
[2]
今回の震災と「時間」の関係について、別角度ではありますが誠に正鵠を射た論評を見つけましたので、一寸気が引けますがハードコピーの形で引用します。
2013年3月12日(火)静岡新聞2面に掲載された「論壇」、ニューヨーク大学名誉教授の佐藤隆三氏による一文です。
掲載紙は静岡新聞ですが、ひょっとすると共同通信社あたりから地方紙への配信かも知れません。
誠に常識的、かつ示唆に富んだ一文だと思います。
[1]
今回の論旨にも関わらず、私はこの2年、継続的には何もしてこなかったじゃないか、という意味での強い自省です。
せいぜい、
- このブログで私程度の頭脳の持ち主でも危ないとわかる原発のことをアブナいと書いた
- あほなのだの事をアホと書いた
- 大洗に遊びに行った
- 浜岡原発の存続に関する住民条例制定に向けて票集めをした
程度のこと。
今後、何をすべきか考えないと、言動不一致になってしまう。
[2]
今回の震災と「時間」の関係について、別角度ではありますが誠に正鵠を射た論評を見つけましたので、一寸気が引けますがハードコピーの形で引用します。
2013年3月12日(火)静岡新聞2面に掲載された「論壇」、ニューヨーク大学名誉教授の佐藤隆三氏による一文です。
掲載紙は静岡新聞ですが、ひょっとすると共同通信社あたりから地方紙への配信かも知れません。
誠に常識的、かつ示唆に富んだ一文だと思います。
(C)静岡新聞社 2013
|
[3]
朝日新聞デジタルに飛びます。
リンク先のページで概略だけは確認できますが、そこから先のコンテンツは有料会員しか読めません。
全くケツの穴が小さい会社だなこいつらどうも。
このような極めて優れた内容で、社会的にみんなが知ったほうがいいと思われる記事は、寧ろ敢えて無償で公開すべきでは。
朝日が他に垂れ流している駄記事に対して喜んで金を払う人はたくさんいるのだから、そういったキトクな人たちからあぶく銭をたくさん集金して、「プロメテウスの罠」のような優秀なコンテンツを支えれば良いと思うんだけど。
なお、(右っぽい書籍を出す傾向にある学研パブリッシングから何故か)単行本が出版されてます。
Kindle版もあり。
2012年4月23日月曜日
温泉に行かない日(80) まる1年
このブログ、趣味である温泉銭湯入浴施設への探訪記録を残すことを名目に、本来的にはそれに絡めて日常的に起こったり思ったりした事を書いて残しておこうという目的で、2011年4月23日に始めました。
そう言う事なので、表向きの体裁は温泉銭湯入浴施設への探訪記であり、同好の士に温泉銭湯入浴施設の情報が少しでもシェア出来ればいい[1]という部分ではブログとして公開していますが、本質的には個人的日記(週記)です。
ですので、このポストのようにタイトルに「温泉に行かない日」が付されたものが本来書きたいものであるかも知れません。
何だろうな、当時は東日本で大変な出来事が起こった直後ということと、個人的・仕事的にいろいろ行き詰まる事が多かったりして何となく厭世的気分になっていました。
加えて、若いと思っていたら知らぬうちにトシが積み重なっており、その結果精神的にも肉体的にも老いの影が見え隠れし始めて、まだまだ遠い先の事ながらうすぼんやりと「死」を感じ始めたのが昨年くらいであり、死ぬまでに自己に関する記録をどんな形でもいいから残しておきたいなあと思って始めたのがきっかけです。
で、本日は2012年4月23日。
あれからまる1年が経過し、心情や状況は変化し、それに応じて内容や文体も変化し、番外編的に禁煙してみたり[2]、山奥の温泉に行く事が多い事から公衆トイレの世話になる事も度々であり、その結果公衆トイレ探索[3]を始めたりして今日に至りました。
入浴という行為を書く事を通じて新たな知己も出来、その知己の影響で1年前にはあまり興味のなかった銭湯という施設カテゴリにも開眼して、まあ充実した1年間でありました。
自宅近辺の入浴施設に関してはあらかた行き尽くした感もあるし、この1年は(ワタクシは本来関西系の人間なのにも関わらず何故か)東への指向が強かったため、今後は指向を西に切り替えてそっち方面の入浴施設に出来るだけ出かけて、しかし内容的にはこれまで通りあまり身のないものを書いて行こうと思っています。
同時に、このブログの本来的目的である「日記」「雑記」的内容も増えて行く気がします。
あと、このポストで丁度200ポスト目になります。
公開されているのはそのうち195ポストで、非公開になっている残りの5ポストってのは、ある事情である眼鏡屋をボロッカスに書いたり喧嘩売ったりしてたのが3ポストで、可成り個人的な事を書いたため、これはさすがにやばいだろうというものが2ポストです。
眼鏡屋に関しては、ブログに書くのと同時併行してメールと電話で直接喧嘩してたんですが、最後は向こうから謝ってきたんで、武士の情けで非表示にしてあります(が、削除はしてません。またおかしな事しでかしやがったらいつでも表示させられるようにね)。
1年は今年のような閏年を除いて大抵365日ですから、だいたい1.8日につき1ポストという事になるんですね。
まあ今後もこんなペースで不真面目に、ぼちぼちとポストして行こうと思ってはいます。
[1]
この要素については、温/泉/週/記MAPに移りつつある感じです。
[2]
このブログで最もHit数が多いのは残念ながら温泉モノではなく、ブログタイトルとは全く関わりなく禁煙について書いた「チャンピックス日記」と「禁煙不定期記」です。
[3]
Jimotyのためのトイレマップ。
最近はそっちへの投稿の方が多い気がします(笑)。
そう言う事なので、表向きの体裁は温泉銭湯入浴施設への探訪記であり、同好の士に温泉銭湯入浴施設の情報が少しでもシェア出来ればいい[1]という部分ではブログとして公開していますが、本質的には個人的日記(週記)です。
ですので、このポストのようにタイトルに「温泉に行かない日」が付されたものが本来書きたいものであるかも知れません。
何だろうな、当時は東日本で大変な出来事が起こった直後ということと、個人的・仕事的にいろいろ行き詰まる事が多かったりして何となく厭世的気分になっていました。
加えて、若いと思っていたら知らぬうちにトシが積み重なっており、その結果精神的にも肉体的にも老いの影が見え隠れし始めて、まだまだ遠い先の事ながらうすぼんやりと「死」を感じ始めたのが昨年くらいであり、死ぬまでに自己に関する記録をどんな形でもいいから残しておきたいなあと思って始めたのがきっかけです。
で、本日は2012年4月23日。
あれからまる1年が経過し、心情や状況は変化し、それに応じて内容や文体も変化し、番外編的に禁煙してみたり[2]、山奥の温泉に行く事が多い事から公衆トイレの世話になる事も度々であり、その結果公衆トイレ探索[3]を始めたりして今日に至りました。
入浴という行為を書く事を通じて新たな知己も出来、その知己の影響で1年前にはあまり興味のなかった銭湯という施設カテゴリにも開眼して、まあ充実した1年間でありました。
自宅近辺の入浴施設に関してはあらかた行き尽くした感もあるし、この1年は(ワタクシは本来関西系の人間なのにも関わらず何故か)東への指向が強かったため、今後は指向を西に切り替えてそっち方面の入浴施設に出来るだけ出かけて、しかし内容的にはこれまで通りあまり身のないものを書いて行こうと思っています。
同時に、このブログの本来的目的である「日記」「雑記」的内容も増えて行く気がします。
あと、このポストで丁度200ポスト目になります。
公開されているのはそのうち195ポストで、非公開になっている残りの5ポストってのは、ある事情である眼鏡屋をボロッカスに書いたり喧嘩売ったりしてたのが3ポストで、可成り個人的な事を書いたため、これはさすがにやばいだろうというものが2ポストです。
眼鏡屋に関しては、ブログに書くのと同時併行してメールと電話で直接喧嘩してたんですが、最後は向こうから謝ってきたんで、武士の情けで非表示にしてあります(が、削除はしてません。またおかしな事しでかしやがったらいつでも表示させられるようにね)。
1年は今年のような閏年を除いて大抵365日ですから、だいたい1.8日につき1ポストという事になるんですね。
まあ今後もこんなペースで不真面目に、ぼちぼちとポストして行こうと思ってはいます。
[1]
この要素については、温/泉/週/記MAPに移りつつある感じです。
[2]
このブログで最もHit数が多いのは残念ながら温泉モノではなく、ブログタイトルとは全く関わりなく禁煙について書いた「チャンピックス日記」と「禁煙不定期記」です。
[3]
Jimotyのためのトイレマップ。
最近はそっちへの投稿の方が多い気がします(笑)。
2012年3月11日日曜日
温泉に行かない日(76) 祈念の日
当ブログの初ポストの日は2011年4月23日。
東日本で大きな地震が発生し、原発が末世的な状況を呈し始めてから約1ヶ月後に始めた事になります。
私は感情の表出が他人に比べてかなり少ないと思っているのですが、その割にはブログを開始した当時、震災のニュースに触れる度に感情破綻の様な状態になって直ぐに涙が溢れて止まらないようなことが多かったです。
今も時には知らないうちに涙が流れている事が屢々あります。
でも、当ブログを始めた頃は、
「基本、震災の事は書かないようにしよう」
と考えていて、今もそれは変わりません。
何故かというと、震災に対する深い知識・知見・見識、或いは経験をもった人間が世の中には沢山いて、そういった方々が書いたり情報発信したり指導したりすべきであって、私の様なものが下手に無責任な内容で書いてはならない気がするし、自分では理由は解らないけど、こと今回の地震に対してだけセンシティブになってしまっている状況では、ただ徒に国や政治屋の無策を感情的に叩くだけの内容になってしまって、冷静で理性的な文章が書けない気がしてるからです。
また、世の中に過剰に反乱する「頑張れ」「ともにいる」「 絆」という言葉に、若干の違和感を覚えている為かもしれません。
ですので、震災に絡めて書いたのは、どうせ温泉に行くんなら東日本の温泉に行こうという主旨で書いたこれと、 それを受けて思い切って行ってみた事を書いたこれくらい。
また、震災の話題はここにもちらっと出てきますが、まあこの程度です。
でも、今日は2012年3月11日。
あれからもう1年というべきか、まだ1年というべきか…
今日は祈念の日です。
書かないけど、祈念は出来ます。
皆さんも是非、14時46分には黙祷して祈念しましょう。
東日本で大きな地震が発生し、原発が末世的な状況を呈し始めてから約1ヶ月後に始めた事になります。
私は感情の表出が他人に比べてかなり少ないと思っているのですが、その割にはブログを開始した当時、震災のニュースに触れる度に感情破綻の様な状態になって直ぐに涙が溢れて止まらないようなことが多かったです。
今も時には知らないうちに涙が流れている事が屢々あります。
でも、当ブログを始めた頃は、
「基本、震災の事は書かないようにしよう」
と考えていて、今もそれは変わりません。
何故かというと、震災に対する深い知識・知見・見識、或いは経験をもった人間が世の中には沢山いて、そういった方々が書いたり情報発信したり指導したりすべきであって、私の様なものが下手に無責任な内容で書いてはならない気がするし、自分では理由は解らないけど、こと今回の地震に対してだけセンシティブになってしまっている状況では、ただ徒に国や政治屋の無策を感情的に叩くだけの内容になってしまって、冷静で理性的な文章が書けない気がしてるからです。
また、世の中に過剰に反乱する「頑張れ」「ともにいる」「 絆」という言葉に、若干の違和感を覚えている為かもしれません。
ですので、震災に絡めて書いたのは、どうせ温泉に行くんなら東日本の温泉に行こうという主旨で書いたこれと、 それを受けて思い切って行ってみた事を書いたこれくらい。
また、震災の話題はここにもちらっと出てきますが、まあこの程度です。
でも、今日は2012年3月11日。
あれからもう1年というべきか、まだ1年というべきか…
今日は祈念の日です。
書かないけど、祈念は出来ます。
皆さんも是非、14時46分には黙祷して祈念しましょう。
2011年5月15日日曜日
温泉に行かない日(14) 東日本の温泉を目指そう
平山温泉龍泉荘を堪能して帰宅し、パーカーの世界に浸りつつ昼寝をし、夕方起きて夕食と飲酒を楽しんでの今。
全く怠惰ではあるけど、楽しい一日だった。
ところで、今の日本人、いや日本人に限らずセンシティブな人間だったら誰もが気になるのが東日本である。
実は先日、少しでも役立てるのならと思い、こんなわたくしでも泥掻きくらいなら出来るかなぁ、と思って東日本へのボランティアが可能かどうか少し調べてみた。
で、まあ取り敢えずボランティアは可能である。
新聞にも「弾丸ボランティアツアー」についての記事も出ていたように思う。
でも週末ちょこっとボランティアをするのは、お互いにとって効率的ではないということ。
なんというか「根を下ろす」までは行かなくても、少なくとも一ヶ月くらいは腰を据え、何かの作業だけではなくて、そこに暮らす人の声に耳を澄ませながら活動するのでなければ、いろんな意味で現場の迷惑になるだけだというのが結論である。
東日本の方々も辛い毎日を送っているが、申し訳ない。
こんなわたくしにも仕事をしてカネを稼がねばならない事情がある。
はっきり言って、一ヶ月も仕事を休むのは不可能だ。
であるなら、やっぱりお客さんになるしか道はないだろうと思う。
誤解を恐れず言うと、極論すれば敢えて今、観光目的で東日本に行けばいいと思う。
本当に誤解を恐れず言えば、野次馬的に津波の傷跡を見に行くだけの目的でもいいと思う。
はしゃいで行けばいいと思う、往路は。
で、現地で自分なりにいろんな事を見て、復路は、往路とは変わった自分を感じればいいと思う。
わたくしの場合、普通に温泉に行きたい。
どこに行くかは今から考えるけど、少なくとも泊まりがけで行きたい。
泊まりがけで温泉に行くからには、2011.3.11以前と同じように、普通に温泉を楽しみ、普通に美味しい食事とお酒をたしなみたい。
それに対して、きちんと謝意と代金を払いたい。
わたくしは貧乏ではあるが、どうせカネを使うなら、そういう使い方をしたい。
東日本の何処かにある温泉に浸かりに、近々行こうと思っている。
全く怠惰ではあるけど、楽しい一日だった。
ところで、今の日本人、いや日本人に限らずセンシティブな人間だったら誰もが気になるのが東日本である。
実は先日、少しでも役立てるのならと思い、こんなわたくしでも泥掻きくらいなら出来るかなぁ、と思って東日本へのボランティアが可能かどうか少し調べてみた。
で、まあ取り敢えずボランティアは可能である。
新聞にも「弾丸ボランティアツアー」についての記事も出ていたように思う。
でも週末ちょこっとボランティアをするのは、お互いにとって効率的ではないということ。
なんというか「根を下ろす」までは行かなくても、少なくとも一ヶ月くらいは腰を据え、何かの作業だけではなくて、そこに暮らす人の声に耳を澄ませながら活動するのでなければ、いろんな意味で現場の迷惑になるだけだというのが結論である。
東日本の方々も辛い毎日を送っているが、申し訳ない。
こんなわたくしにも仕事をしてカネを稼がねばならない事情がある。
はっきり言って、一ヶ月も仕事を休むのは不可能だ。
であるなら、やっぱりお客さんになるしか道はないだろうと思う。
誤解を恐れず言うと、極論すれば敢えて今、観光目的で東日本に行けばいいと思う。
本当に誤解を恐れず言えば、野次馬的に津波の傷跡を見に行くだけの目的でもいいと思う。
はしゃいで行けばいいと思う、往路は。
で、現地で自分なりにいろんな事を見て、復路は、往路とは変わった自分を感じればいいと思う。
わたくしの場合、普通に温泉に行きたい。
どこに行くかは今から考えるけど、少なくとも泊まりがけで行きたい。
泊まりがけで温泉に行くからには、2011.3.11以前と同じように、普通に温泉を楽しみ、普通に美味しい食事とお酒をたしなみたい。
それに対して、きちんと謝意と代金を払いたい。
わたくしは貧乏ではあるが、どうせカネを使うなら、そういう使い方をしたい。
東日本の何処かにある温泉に浸かりに、近々行こうと思っている。
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