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2021年4月23日金曜日

温泉に行かない日(480) まる10年

四捨五入すれば還暦に垂んとするワシじゃが、何か一つのことをまる10年続けたことはないと、今こそ胸を張って云おう。

ないです。

このブログ以外には。

まああれじゃ。
確かにサラリーマンは平成ヒトケタ以来30年以上やっとるが、これはやらねば最悪餓死するから嫌々でもやり続けねばならん。
一方嫌々ながらではなく、嬉々としてやり続けておることが実はある。
お解りじゃろうが、酒と煙草(今は加熱式)じゃな。
しかしこれらはよく考えてみれば「がんばってやり続けている」のではなく、単に「意思が弱くてやめられぬ」状態なのでここでの論評は差し控えよう。
そんな意志薄弱なワシではあるが、やめても続けても何に対しても全く影響のないこのブログだけは、なぜか本日でまる10年と相成った。

すげえな。

因みにこのブログの前には、たおやかに勤務中という内容が全く無いやつを3年くらいやっとったので、足せば13年位か。
ワシはどうも自分の人生とか一般社会にとって無意味なことについては長いこと続けられるという天邪鬼な性格を持っておるようじゃ。
まあ多分「このブログを書く」というのは、自分にとっては酒とか煙草とかと同じカテゴリーに属する嗜好というか娯楽というか、何か中毒性のある行為ということなのかも知れん。
そもそも文章を書くのがガキの頃から好きではあったのは事実じゃし。

前年はどんな事を書いておるかと思って今読み返してみた。
いやあ、イキんどるな。
讀賣の中島並にイキんどる
どうせイキむんなら、記念日としてキリがいい今回にしとけば良かったのに。
昨年の今日といえば、武漢ウイルスの蔓延度合いが強力になってきた時分なので苛ついとったのかも知れん。
しかしまあ昨年のことは昨年のことじゃし、折角まる10年経ったわけだし、今後は妙にイキむような人生にサヨナラをして、更に脱力してイキていこうと思う。
このブログにしても、既にそのような状態ではあるが更に脱力度合いを強力化してやっていきたい。
即ち、「温/泉/週/記」なるタイトルに関わらず温泉の件であってもなかっても、面白いとか、興味を抱いたとか、気になったことがあったら書いていこうと思うとる。
ただし、先日「純温泉協会」がやっとる「純温泉サポーターズクラブ」に加入したことでもわかる通り、矢張り温泉が好きじゃし気になるし、基本は温泉という軸は守っていこう。

昨年の今頃は、
「来年にはきっとワクチンも行き渡るだろうし、ひょっとして治療薬が出るとか出来たとか云う感じになって、せめて自由に少し遠くの温泉に行けるようになっとるといいなあ」
などと思っておったが、矢張り現実ってのは思う通りには行かぬもので、寧ろ英国型じゃ南米型じゃとある意味当時より状況は深刻になっておって、隣の愛知県の温泉に行くにも憚られる始末。
一方そんな生活の中でも、わざわざ遠くまで行かずとも近隣で面白そうなことを探して遊ぶ技が大分に身についてきたように思う。
人間の特徴は「上手にヒマつぶしが出来る」ことらしいが、そうであれば「より上手に楽しくヒマつぶしが出来る」人が人間としてはより上位ということになるじゃろう。
今後はそっちを鋭く追求し、ここで書いて参る所存であります。
また前回書いた通り、今まで通っておった伝統的な温泉が時の経過により変化し始めておることもあり、そういった事を見つけて書いておくのも興があると云える。
じゃから、今の世の中のいろんな制限の中で楽しんで遊んで、気が向けばその事をここでダラダラ書いて安楽に過ごして行こうと思う。
イキんでも、疲れるだけじゃからねえ。
気楽に行くのが一番じゃよ、と改めて感じ入った10年目じゃ。

2020年4月23日木曜日

温泉に行かない日(442) まる9年

今日は4月23日じゃな。
2011年に発生した東日本大震災に伴い、波による浸水ではなく建築計画時に充分に予想されていたはずの揺れによりフクイチがメルトダウン[1]した同じ月よ。
2011年と云えばもうこれに尽きるじゃろうと思う。
これらの影響は9年経過した今もシツコク残り続けておる。
それだけとんでもない出来事じゃったという事。

ところでこのブログは2011年4月23日に始めたものじゃ。
震災の影響もあり、やや厭世的な気分で開始した訳じゃから、最初の頃こそ真面目な感じな投稿がそこそこあったのは事実じゃ。
しかしながら9年もの時間が経過すると、人というものは随分と変節する。
ワシも変節した。
変節の方向性は主にお笑い方面であり、最近じゃあもう自分でもなんだかよくわからない内容の拡散っぷりで呆れ果てたものじゃと思う。
コンセプトも方向性も何もなく、最近では温/泉/週/記なる名前に反して温泉とは全く関係のない書き込みが圧倒的な数を占めると云った散々な有様。
しかしこれがワシの生きる道と思い極めて突き進む所存じゃよ。

これを書いておるまさに今、すなわちブログを開始してまる9年が経過した今、2011年に発生した忌まわしい大震災とそれによる原発事故とは全く異なる種類でありながら、同等以上の危機レベル感で極めて忌まわしい出来事が世界を覆っとる
無論日本も例外ではなく、皆様よく実感なさっとる通りの状況じゃ。
このような状況になった原因については、ワシはワシなりに「こうすればよかったんじゃねえの、ああすべきじゃったんじゃねえの」と思うことが多々あるが、今更どうなるものでもない。
ワシとて云うまでもなく市井に住まう一介の初老じゃから、政治にも医療にも影響力はまったくないからどうしようもない。
ワシらパンピーとしては、今の状況を素直に正確に把握してそれに応じた行動を取り、感染せぬようされぬよう気をつけるしかあるまいよ。

となると、先ず温泉銭湯は無理じゃろうと考えられる。
いや、風呂場自体について蜘蛛の巣の世界を少し調べてみたんじゃが、これに関しては比較的感染リスクは低いとされておる。
特に浴室は「常に水で体を洗い流しておるような状況」のため「きちんとした間隔を取った上で湯船に浸かっておる限りはまあまあ大丈夫じゃろう」という意見が大勢を占めておる。
但し。
但しじゃ。
はっきりしたことはわからんが、西日本某県のスーパー銭湯で感染例が発生したとの話を聞いておる。
また、この疫病の発生源たる中国においてもやはり銭湯で感染例が発生した。
浴室内は比較的安全と云っても、一旦浴室を後にしてしまえばそこは既に普通の社会じゃ。
脱衣室然り、温泉銭湯に併設されとる食堂然り。
もしかして西日本某県や中国での感染は浴室内ではなくて、脱衣室等で起こったのかもしれん。
そして勿論、温泉銭湯への行き帰りは交通手段にもよるが当然ながら感染リスクは、まあ云ってしまえばパチ屋に行く常識はずれな彼奴ら共と全く同じと成り果てる。
このご時世に「3密のワールドチャンピオン」との誉れが高いパチ屋に通い詰めるような人間は基地外と断じることしか出来んわけじゃが、云ってみりゃあ外形的にはパチ屋に行くのも温泉銭湯に行くのも全く同じ事。
ワシの場合、温泉銭湯への交通手段についてはほぼ100%真っ黄っ黃のスイスポくんじゃから、移動中の濃厚接触については電車等よりは可成り低いとは思う。
しかし人間は腹も減れば大小便も催すわけじゃから、必要に応じてコンビニに寄ったり安いうどん屋やラーメン屋に寄って小腹を満たすこともある。
そういった不特定多数の人が集まる場所にいやらしくひっそりと潜んでおるのが、まさに悪辣な武漢ウイルス[2]とされておる。
他にも事情はいろいろあるじゃろうが、まあ結論としては、
「今は行かぬが宜しかろう」
という結論になるようじゃ。
この悪辣な武漢ウイルスが跳梁跋扈し続けるのは「短くともあと1年」なる予測も散見される。
となると、ブログ開始からまる10年を迎える来年2021年まで自由気儘に温泉銭湯を楽しむことがなかなかに出来んということになるやも知れぬ。
最悪そうなるかも知れぬ。
全く詰まらん。
誠に詰まらん話であるが、しかしまあこればっかりは仕方なかろう。
なんせワシはこのような駄文を書き飛ばせるだけ幸せじゃ。
今この時も、まさにこの瞬間も病院で頑張っとる医療関係者がおるし、医療関係者だけでなくインフラ関係とか小売関係とか他の様々な人達もそのご苦労ご心労は同じじゃ。
じゃから温泉銭湯に行くのは、まあ暫くは辛抱するしかあるまいよ。
因みに今度の日曜は26日で風呂の日。
楽しみにしておったんじゃが残念至極。

誠に詰まらん「まる9年」じゃけども、まあこれも人生の一節じゃろうと諦めるしかあるまい。
来年「まる10年」のポストを生き延びて無事書けるよう精々精進していく所存じゃヨ。

[1]
原発事故の可成り本質と思われるこの点について、何だかいつの間にか忘れ去られている。
原発の破壊は津波による海水の侵入により起こったのではない。
単に、極めて非常に単純に、みんなが想像している通り、そう、揺れたから壊れた。
想定内の揺れではあったが、壊れた。
事実はこれだけ。
これについては何者かにより、まあいいやちゃんと書こう、要するに東電と政府により強制的に忘れさせられている感が強い。
原発内外の配管は津波によるものではなく、設計段階で事前に十分に予測されたはずの揺れで破壊されたことが上手いこと記憶の外に押しやられるように操作されている。
花は咲くとか云うお目出度い歌でシャンシャンしている場合ではない。
東日本大震災の揺れにより悲劇的なフクイチメルトダウンが起こってしまった2011年に始まったブログだから、この点については敢えて書く。
馬鹿なに私だって、多少の正義感はまだ残っている、残しているつもりだ。

[2]
この用語に関してはこちらを参照。

2019年10月11日金曜日

温泉に行かない日(399) ピカチュウスイフト1周年

はっきり書こう。
欲しいのは未だにやっぱりロードスターなんだけどね、これは否定できません。
ロードスターに乗りたい気持ちは全く変わっていません。

でもね、スイフトくん。

納車の頃は君のことをピカチュウスイフトと呼んでたけど、最近私は君のことを「黄くるみ」と呼んでいるが、君、黄くるみ。
君は本当に素晴らしいクルマだと思っているんだよ。
毎日俺を会社に運んでくれたり、週末には温泉や大山くん物件に連れて行ってくれてどうもありがとう。
そして黒くるみも本当にありがとう。
黄色も黒も本当にどうもありがとう。
ありがとうね。

© YK(ruephas) 2015

© ill-health(ruephas) 2015

© ill-health(ruephas) 2018

たまにこのように大口を開けるのが可愛い
© ill-health(ruephas) 2019

2019年4月23日火曜日

温泉に行かない日(375) まる8年

若い時から今に至るまで、色んな事を無理して集中しとった、そして今もしとるような気がする。
無理っぷりは若い時の方が強かったかも知れん。
10代後半から20代前半はまあ音楽で、当時まだ何とか隆盛を誇っとったPOPCONの決勝2つ手前まで行くなど結構な達成感を感じつつ愉しんどった訳じゃが、一方では実際のところ元々音楽の資質は0じゃったから(ワシ、音階楽器は基本できん)、自分の才能の無さに「趣味としての無理っぽさ」を感じ嘆いとった部分は正直ある。
その後、嫌いな勉強を無理して過ごし人より長めの大学生活を終えて(勉強ギライなんで普通に留年した)サラリーマンを始めた後はこれまた嫌いな仕事に集中しとって(と書くとバリバリの仕事人みたいに見えるが、ワシみたいな三流大学出身で何の資格もない男が食う為にはイヤでもそうするしかなかった)、趣味的な事にはあまり手を出さんかった(出せんかった)気がする。
まあ酒と温泉銭湯は愉しんでおったのは事実じゃが。
そのワシの稼業、昔から今まで数字関係なんじゃが、実はワシは子供の頃より数字は大のニガテで、大学の時などは「どんなバカでも100%単位を取れる。取れなかったら真正バカだ」と噂されていた簿記論を取って見たもののまさに1から10までまるっきり理解できず、あっさりと単位を落とした。
ぱんぱかぱ~ん!真正バカ爆誕の巻じゃ。
ホントに何なんだよ、減価償却とか引当とかキャッシュ・フローとか、未だにさっぱり意味わからんわい。
そんな数字を、ワシは稼業としとる。
即ち、職業生活は昔から今に至るまで「臥薪嘗胆」状態じゃ。

それとワシは1つのことに集中する事が大変にニガテで、何にしても1つの事が長く続いた試しがない。
しかし中年以降、特にこのブログを始めた以降は、仕事以外の事象で何かの拍子で未知の事柄に出会い、その瞬間「お、これって面白そうじゃん」と直感的に思った事に就いては余り何も考えずに素直に手を出すようにしとる。
前までじゃと「どーせいつか飽きが来てほっぽり出すんじゃろうから、まあ手を出すのはやめとこう」なんて云う感じで意味なく自制しとった。
だけども今じゃ何だか「手を出して飽きたらやめりゃあいいじゃん」というような開き直った考えに変わってしもうた。
ワシは、先もう長くはないので、死ぬ前にいろいろやっておいてソンはないじゃろうといった感じかも知れぬ。
なので、今じゃ広角打法と云うかはしたないと云うか、いろんな事に絡んでおる。
新しい順で行くと、
などで、何れも刹那的に始めた割には、浜松番街区プロジェクト(浜松市内のところどころに掲げられとる「〇〇〇番街区」という表示の謎に迫りたいというプロジェクトで、資料収集は続けたいがまだ1回しか書いとらん)など極少数を除いて案外長いこと続いとる。

多くの事が続いとるのは、やったこと感じた事をこのブログに書いとるという事も原因のような気がする。
ブログを始めた最初のきっかけというか心境と云うのは、
何だろうな、(ブログを始めた)当時(=2011年4月)は東日本で大変な出来事が起こった直後ということと、個人的・仕事的にいろいろ行き詰まる事が多かったりして何となく厭世的気分になっていました。
加えて、若いと思っていたら知らぬうちにトシが積み重なっており、その結果精神的にも肉体的にも老いの影が見え隠れし始めて、まだまだ遠い先の事ながらうすぼんやりと「死」を感じ始めたのが昨年くらいであり、死ぬまでに自己に関する記録をどんな形でもいいから残しておきたいなあと思って始めたのがきっかけです。(2012年4月23日:まる1年
という感じじゃったんじゃが、最近では始めたそのきっかけ自体は根底に置きつつもワシが根源的に持っとる「おもしろがり」(関西弁で云うところの「いちびり」に近い感じ)も手伝って、ブログに必要以上に面白可笑しく書く事によって書いた対象の興味が続き、それによりまたブログも続くという事になっておるようじゃ。
誰も何も読んどらん単なる日記代わりのブログじゃが、ワシ自身にとってはある程度の意味は認められるブログじゃとは思う。

なんじゃかんじゃ云って兎に角もうまる8年も続いたこのブログ。
夏休みの日記を3日でやる気を無くしたワシとしては瞠目すべき事じゃろう。
ブログを始めた時に思った根幹は変えてない積りじゃけども、上記のように内容は増えて温泉ネタを超えて拡散し、当初は出来るだけドライにしようと心がけていた文体(ドナルド・E・ウェストレイクの乾いた文体が当時好きじゃった)はいつの間にやら巫山戯たものに変わり、しかしそれはそれで別に構わん。

始めた頃はまだ中年じゃったが、ワシも今や立派な初老と相成った。
2011年4月23日23時54分に折角始めたこのブログじゃ。
社会的には毒にも薬にもならんが、ワシ自身にとっては多少の薬となっておるのは間違いない。
初老より先これからも、こんな調子で巫山戯た感じでだらだら続けていく所存じゃよ。

やぎさん
© ill-health(ruephas) 2019

浜松番街区プロジェクト
© ill-health(ruephas) 2019

ロードバイク
© ill-health(ruephas) 2019

謎の構造物(富士宮の巨大貯水池)
© ill-health(ruephas) 2019

地図になかったので探すのが大変だった山神社
© ill-health(ruephas) 2019

富士山カンパイ
© T-Suzuki 2019

2018年4月23日月曜日

温泉に行かない日(345) まる7年

本当に意外で、1つのことをまる7年も続けたことは53年の人生で多分初めてかもしれないなあ。
このブログを始めたのは2011年4月23日なので、毎年4月23日には「まる◯年」というポストをしてます。
ちょっと過去のポストを抜粋して振り返ってみようかな。
2017年4月23日(まる6年(日記なので…))
 途絶えたりまた始めたりというのは全くもって記載者の自由なのはよくわかっとるんじゃが、昨年12月から更新していないってのは流石に寝覚めが悪いんじゃ。
 しかしじゃなあ…
 これは決して言い訳ではなく備忘録として書いておくんじゃが、今年に入ってから業務が大きく変化し多忙になり、精神的にも肉体的にも余裕がなくなったことがやっぱり大きかったんじゃなとは思う。
2016年4月23日(まる5年)
 50になんなんとする人生となりましたが、その分いろいろあるなあと最近ほんとに思えます。
 いいこともヤな事も結局避けて通れない。
 そういういいこと、ヤな事を今までどおり書いていきたいと思います。
2015年4月23日(まる4年)
 なおちなみにこのポストで丁度累計600ポスト目になりました。
 諸事情で実際に公開されているのはそれよりちょっと少ないですが、少なくともこの4年間に600の駄文をここで書き散らかして来たわけで、分量的には大学時代に書いた卒論(「労働者派遣事業法の現実とその未来」という妙に共産チックで尚且つ誰かのテキスト丸写しの卒論)を遥かに超えるものと思われます。
 多い年には226ポストも書いてますが、しかし今年は4ヶ月経ったけどこれでたったの13。
 この調子では死ぬまでに1000ポストというのは可成り厳しい情勢であります笑。
 まあ、それもどうでもいいけどね。
 流れに任せ、自分で自分の様子を見ながら自然にやるつもりです。
2014年4月23日(まる3年)
 あれから色々変わったな。
 老眼が進んだり、持久力が落ちてきたりと肉体的にははっきりと老いの影響が現れてきたし、職場も変わって単身赴任を再び始めたり、単身赴任先にある山神社に興味を持ったりしたし、ガキ共が二人とも何とか大学生に成ったりして、老年を前にして何か本当に生活環境や精神環境が変わってきました。
 変わらないものなんて何も無いです。
 これから先も歳を取りながら、このブログを書いたり仕事したり遊んだりして生きていくんでしょうが、まあ精々頑張って楽しみながら過ごしたいと思ってます。
2013年4月23日(まる2年)
 両親からも、会社の部下同僚上司からも、
「お前は本当に飽きっぽいヤツだ」
 と言われ続けて40数年。
 ラーメンと酒には絶対飽きませんが、仕事やジョギング、それから日記帳に書く日記等、己に対して苦行を強いる系の事は嫌いで殆どは3日も持たず全く続きません。
 流石に仕事は「やーめた」という訳には行かないんで20年と少しという長きに亘って已む無く続けてはいますが、精神的にはとっくの昔に「辞めて」ます。
 要するに私は、好きな事は喜んで続けるけどヤな事はゼッタイやらないもんね、という誠に快楽追求系自己中心的我が儘勝手かつ飽きっぽい人間であるという事です。
2012年4月23日(まる1年)
 何だろうな、当時は東日本で大変な出来事が起こった直後ということと、個人的・仕事的にいろいろ行き詰まる事が多かったりして何となく厭世的気分になっていました。
 加えて、若いと思っていたら知らぬうちにトシが積み重なっており、その結果精神的にも肉体的にも老いの影が見え隠れし始めて、まだまだ遠い先の事ながらうすぼんやりと「死」を感じ始めたのが昨年くらいであり、死ぬまでに自己に関する記録をどんな形でもいいから残しておきたいなあと思って始めたのがきっかけです。
2011年4月23日(初ポスト:湯の島温泉(1))
 決算のため多忙な時期がやっと終わり、 今日は本当に久しぶりの土曜日休みだったので、よれきったスーツ4着をクリーニングに預け、朝食としてカレーを食べてから、愛知県にある湯の島温泉(愛知県豊根村富山字兎鹿ノ平12-3:0536-89-2170)へ出かける。
 付近の地名は湯野島だけど、施設名は湯の島。
 ややこしい。
 ここはもう何回も行っている馴染みの温泉で、源泉掛け流しの露天風呂を楽しんでから、内湯でうたた寝をするのが最大の楽しみ。
 今日もほぼ貸切状態で約2時間、湯船に浸かってうとうとしながら過ごした。
住んでる所からこの温泉までは結構距離があり、少しシビアな山道なのだが、行き始めた頃はそう負担に感じなかった。
 最近疲れるのは、トシのせいだと思う。
 この間からJimotyのためのトイレマップという意味のない変なGoogle Mapを作り始めていて、今日も自宅から温泉までの間にある公衆トイレを取材したかったが、大雨のため面倒になり、今回は行って帰ってきただけで途中寄り道はしなかった。
 昼飯抜きだったため、午後4時に近くにあるスガキヤ 浜松葵ロックタウン店(静岡県浜松市中区葵西3-25-1:053-438-1717)でラーメンを食べてから帰宅しそのまま爆睡。
 午後9時過ぎに再度起きて、お酒を飲んでから寝る。
この節操の無さ、文体のはしたない変化。
歳を取るごとに軟化していく內容。
でもそれでもいいんだもんね。
おれ、そういう人だから、もうそういうことはやっとわかってきたんだから。

震災でショックを受けたり、幾つか素敵な趣味を見つけたり、仕事とかで心に傷がついて落ち込んで精神科に通ったり、富士で素敵な4年間を過ごしたり、不遜な眼鏡屋に怒髪天したり、人生は面白かったり複雑だったり悲しかったり。

人生でも、世の中でも、いろんなことがあっていろんな人が居て、いろんな始まりやいろんな終りがある。
でも大抵のことは大したことはなくて、大抵のことはうまくいく。
そう思って生きていく。
そう思って、駄文をまだ書いていこうと思う。
取り敢えずの目標は駄文1000文。
現在、非公開含め733ポスト。
「週記」だから無理する必要もないから、脱力して書いていこうと思います

2017年4月23日日曜日

温泉に行かない日(333):まる6年(日記なので…)

途絶えたりまた始めたりというのは全くもって記載者の自由なのはよくわかっとるんじゃが、昨年12月から更新していないってのは流石に寝覚めが悪いんじゃ。
しかしじゃなあ…
これは決して言い訳ではなく備忘録として書いておくんじゃが、今年に入ってから業務が大きく変化し多忙になり、精神的にも肉体的にも余裕がなくなったことがやっぱり大きかったんじゃなとは思う。

ワシ、この4年くらい富士市川成島という場所に住み、吉原(この地名に未だ誤解があるのは全くもって腹立たしい限りじゃ)の仕事場で働き、かなり気ままな生活を送ってきたじゃ。
仕事場以外のトモダチも多く出来て、結構幸せな時間じゃったと思う。
だったらその雰囲気でもっと書きゃいいって思われるかもしれんじゃが、いやあ仕事の圧力ってのは結構ガチで、帰宅すると兎に角気を抜きたくて、お酒を飲みながら音楽を聴き、明日に備えて精神を和らげるまでが精一杯で、何かモノを書く余裕ははっきり云ってなかったんじゃなあ。
昨年の丁度今くらいに始めたロードバイクは、そんなワシに肉体的精神的に適度な刺激を与えてくれて助かったんじゃが、フラペ時代には一切表出しなかった膝痛がクリートに変えた途端に表出し始め、100km走れない体たらく。
なんじゃか色んな意味で追い込まれ感がきつくなり、本当に余裕がなかったんじゃよなあ。

で、実はこの4月中旬に転勤し、元の更に元の職場(会社で云うなら所謂「本社」ってやつじゃな)で約10年ぶりに勤務を再開したじゃ。
これで精神がどう変化するか、ワシがワシ自身の様子を少し観察してみようかなと思っとる。
実はワシ、数字家業なんで今の時期は忙しいはずじゃし実際ちょっとは忙しいんじゃが、本社業務はさっぱりと忘れてしまっておるので、バリバリとは仕事しとらん。
Excelで作った諸表の罫線を確認したり、注記の內容を修正したり書き足したりという気楽な仕事を与えられておるので(上司に感謝)、精神的には結構助かっとる。
要するに今はリハビリじゃな。
この余裕の9割を稼業に振り向け、残りの1割を趣味に振り向けようと思っとる。
その1割とはすなわち温泉、ロードバイク、車、山神社、あとはこのブログ。
他にも仰山ある。
高齢化してもやりたいことは山ほどあるんじゃ。
カネと時間が許せば、富士市でやりきれなかった遊びを富士市にいってきちんとやりたいとも思う。

まだこちらでの生活ペースを掴みきれとらんので、徐々に徐々に元に戻していく所存じゃ。
取り敢えず、静岡県西部を中心としたエリアの山神社を図書館でスクリーニングするとか、膝痛を起こさないQファクタとクリートの角度と靴のカント角を見出して一日100km楽に走れるようになるとか、それら以上に大事なのが温泉探訪再開じゃ。
それらを中心にまた気楽に書こうとおもうんじゃ。

ということで…
やあやあMさん、お待たせしました久しぶりじゃなぁ。

2016年4月23日土曜日

温泉に行かない日(327) まる5年

2011年に発生した東日本大震災の約ひと月たった頃から始めたこの雑文ブログですが、本日でまる5年経ちました。

そして偶然にも皮肉なことというか、残念なことというか、悲しい事に、5年前にブログを始めた時と同じように、今度は九州でも大変な地震が発生し、決して少ないとは言えない方々がお亡くなりになり、非常に多くの方々が今も揺れ続ける被災地での避難生活を送っている状況です。
わたくしごとではありますが、現在の戸籍では本籍は中部地方の県になっていますが、本来の本籍は大分県であり、震度7が2回も発生した熊本県には多くの親類も住んでいます。
幸いなことに、そう言った親類あるいは九州在住の友人たちは怪我もなかったんですけど、先ほど書いたように多くの人が苦しい生活を余儀なくされていることについては本当に心が痛みます。

また、これも別のポストで書いたとおり、父親が心臓の血管バイパスのオペを受けました。
オペは無事終了して現在は心臓リハに取り組んでいるようですが、高齢なことでもあり今後の生活に若干の心配を感じているのは否定できません。

自分自身についてもそこそこいろいろあり、仕事や個人的理由により昨年末くらいから先月くらいまで非常に気持ちが落ち込み、数日間ではありますが仕事を休ませてもらったり、参加予定だったイベントにマトモに参加できないなど、あまり良いことはありませんでした。

その中でも、念願だったロードバイクを手に入れることが出来たり、上の子供が何とか大学を卒業したり(就職大丈夫なのだろうか?)、会社の方は苦しいながらも、前期決算は何とか黒字で終われそうだったりと、決して悪いことばかりではないです。

50になんなんとする人生となりましたが、その分いろいろあるなあと最近ほんとに思えます。
いいこともヤな事も結局避けて通れない。
そういういいこと、ヤな事を今までどおり書いていきたいと思います。
5年経ってPVがやっとのこと10万を越えました。
PVを期待して書いているわけではないけれど、ブログを書くということは心のどっかでは「誰かに読んで欲しい」と思ってるからだと思います。
今後もこれまでどおり、時々休むことも有るかもしれないけど、このブログは続けて書いていこうと思います。

2015年4月23日木曜日

温泉に行かない日(295) まる4年

はあ、まる4年経ったんだ。
ここ1年での大きな変化は、単身赴任でやって来た富士での仕事や生活が軌道に乗り、こちらでの友人も増えたことです。
つまり、ここの生活にはほぼほぼ満足していて楽しんでいるわけですが、一方で富士には殆ど温泉銭湯がありません。
従って富士市外や隣県にある温泉に行くことが増えた事。
温泉的にはこれが大きな変化ですかね。
あとは、「行くことが増えた」と言っても行く回数の絶対数が増えているわけではなく、むしろ減っているという関係でポスト件数が極端に減っていることですかね。
ポスト件数が減った表向きの理由はこのように説明してはおりますが、実際には単にモノグサになったことが真の理由だと自分ではわかっているのであった、ふふ。

まあそれはそれで別に良い。
自然に、流れのままに行けばそれで良いので。
50過ぎて何かに焦っても仕方ないし。

冒頭書いたように、近隣に新規入浴施設が無いということは逆に云えば外に出て行かなくてはならないということであり、事実最近は伊豆の共同浴場にハマっている感じになってきていて、暇な時にはGoogle Mapで伊豆の辺りを舐めるように調べて共同浴場を探して実際に足を伸ばしたりもしています。
月に数回はそんな感じで少し遠いところに有る鄙びた温泉場を訪れて、居合わせたじいさんたちの話も含めながら少しづつ書いていこうと思います。

あと、中断してしまったいくつかの件、例えばロードバイクの件は今月末になったら再開して書くつもりですし、別のライフワークである山神社探索のこともあるし、今回一旦は諦めましたが、今後如何に家族を謀ってマツダロードスター購入にこぎつけるかということも、温泉に合わせて兎に角焦らずぽちぽち書いていこうと思ってます。

今月末までは稼業である数字の仕事で大変多忙ですが、今週末は平日と同じように朝6時前には起きてご飯を炊き、南伊豆の方まで足を伸ばして共同浴場に入ってこようかと思います。

なおちなみにこのポストで丁度累計600ポスト目になりました。
諸事情で実際に公開されているのはそれよりちょっと少ないですが、少なくともこの4年間に600の駄文をここで書き散らかして来たわけで、分量的には大学時代に書いた卒論(「労働者派遣事業法の現実とその未来」という妙に共産チックで尚且つ誰かのテキスト丸写しの卒論)を遥かに超えるものと思われます。
多い年には226ポストも書いてますが、しかし今年は4ヶ月経ったけどこれでたったの13。
この調子では死ぬまでに1000ポストというのは可成り厳しい情勢であります笑。
まあ、それもどうでもいいけどね。
流れに任せ、自分で自分の様子を見ながら自然にやるつもりです。

2014年4月23日水曜日

温泉に行かない日(273) まる3年

2011年4月23日23時54分に始めたこのブログも丸3年経過し、本日より4年目のシーズンに入りました。
今に至っても中々消え去ってくれない東日本大震災の影響ですが、開始当時は云うまでもなく今よりもっともっと色濃くその暗い姿が東日本を中心に日本全国を覆い尽くしており、そんな非常事態のまっただ中でこんな馬鹿な事始めても良いのかと思ってました。
私自身へは幸いにも、直接的な震災の影響は無かったと云えるのですが、精神面への侵襲は結構強いものがあり、夜中にいきなりわけも無く涙が出てきて止まらなかったり、ふとした時に急に何かとても不安な気持ちに成ったりして不安定な感じでした。
でもこのブログで身辺の下らないことや温泉の事を書き記したりしていると、その感情が何か紛らって行くような気がして、自分自身を安定させる為に続けてきた一面もあるような気がします。

あれから色々変わったな。
老眼が進んだり、持久力が落ちてきたりと肉体的にははっきりと老いの影響が現れてきたし、職場も変わって単身赴任を再び始めたり、単身赴任先にある山神社に興味を持ったりしたし、ガキ共が二人とも何とか大学生に成ったりして、老年を前にして何か本当に生活環境や精神環境が変わってきました。
変わらないものなんて何も無いです。
これから先も歳を取りながら、このブログを書いたり仕事したり遊んだりして生きていくんでしょうが、まあ精々頑張って楽しみながら過ごしたいと思ってます。
最近忙しい事もあって以前のような投稿数は確保できず、今月もこれでやっと8ポスト目なんですが、まあ此れくらいが当初想定していたペースですし、変に無理する事も無いと思いますので、今後もゆっくりぽつぽつ書いていこうと思います。

2013年4月23日火曜日

温泉に行かない日(198) まる2年

両親からも、会社の部下同僚上司からも、
「お前は本当に飽きっぽいヤツだ」
と言われ続けて40数年。
ラーメンと酒には絶対飽きませんが、仕事やジョギング、それから日記帳に書く日記等、己に対して苦行を強いる系の事は嫌いで殆どは3日も持たず全く続きません。
流石に仕事は「やーめた」という訳には行かないんで20年と少しという長きに亘って已む無く続けてはいますが、精神的にはとっくの昔に「辞めて」ます。

要するに私は、好きな事は喜んで続けるけどヤな事はゼッタイやらないもんね、という誠に快楽追求系自己中心的我が儘勝手かつ飽きっぽい人間であるという事です。


2012年4月23日月曜日

温泉に行かない日(80) まる1年

このブログ、趣味である温泉銭湯入浴施設への探訪記録を残すことを名目に、本来的にはそれに絡めて日常的に起こったり思ったりした事を書いて残しておこうという目的で、2011年4月23日に始めました。
そう言う事なので、表向きの体裁は温泉銭湯入浴施設への探訪記であり、同好の士に温泉銭湯入浴施設の情報が少しでもシェア出来ればいい[1]という部分ではブログとして公開していますが、本質的には個人的日記(週記)です。
ですので、このポストのようにタイトルに「温泉に行かない日」が付されたものが本来書きたいものであるかも知れません。

何だろうな、当時は東日本で大変な出来事が起こった直後ということと、個人的・仕事的にいろいろ行き詰まる事が多かったりして何となく厭世的気分になっていました。
加えて、若いと思っていたら知らぬうちにトシが積み重なっており、その結果精神的にも肉体的にも老いの影が見え隠れし始めて、まだまだ遠い先の事ながらうすぼんやりと「死」を感じ始めたのが昨年くらいであり、死ぬまでに自己に関する記録をどんな形でもいいから残しておきたいなあと思って始めたのがきっかけです。

で、本日は2012年4月23日。
あれからまる1年が経過し、心情や状況は変化し、それに応じて内容や文体も変化し、番外編的に禁煙してみたり[2]、山奥の温泉に行く事が多い事から公衆トイレの世話になる事も度々であり、その結果公衆トイレ探索[3]を始めたりして今日に至りました。
入浴という行為を書く事を通じて新たな知己も出来、その知己の影響で1年前にはあまり興味のなかった銭湯という施設カテゴリにも開眼して、まあ充実した1年間でありました。
自宅近辺の入浴施設に関してはあらかた行き尽くした感もあるし、この1年は(ワタクシは本来関西系の人間なのにも関わらず何故か)東への指向が強かったため、今後は指向を西に切り替えてそっち方面の入浴施設に出来るだけ出かけて、しかし内容的にはこれまで通りあまり身のないものを書いて行こうと思っています。
同時に、このブログの本来的目的である「日記」「雑記」的内容も増えて行く気がします。

あと、このポストで丁度200ポスト目になります。
公開されているのはそのうち195ポストで、非公開になっている残りの5ポストってのは、ある事情である眼鏡屋をボロッカスに書いたり喧嘩売ったりしてたのが3ポストで、可成り個人的な事を書いたため、これはさすがにやばいだろうというものが2ポストです。
眼鏡屋に関しては、ブログに書くのと同時併行してメールと電話で直接喧嘩してたんですが、最後は向こうから謝ってきたんで、武士の情けで非表示にしてあります(が、削除はしてません。またおかしな事しでかしやがったらいつでも表示させられるようにね)。
1年は今年のような閏年を除いて大抵365日ですから、だいたい1.8日につき1ポストという事になるんですね。
まあ今後もこんなペースで不真面目に、ぼちぼちとポストして行こうと思ってはいます。

[1]
この要素については、温/泉/週/記MAPに移りつつある感じです。

[2]
このブログで最もHit数が多いのは残念ながら温泉モノではなく、ブログタイトルとは全く関わりなく禁煙について書いた「チャンピックス日記」と「禁煙不定期記」です。 

[3]
Jimotyのためのトイレマップ
最近はそっちへの投稿の方が多い気がします(笑)。

2011年4月23日土曜日

湯の島温泉(1)

決算のため多忙な時期がやっと終わり、 今日は本当に久しぶりの土曜日休みだったので、よれきったスーツ4着をクリーニングに預け、朝食としてカレーを食べてから、愛知県にある湯の島温泉(愛知県豊根村富山字兎鹿ノ平12-3:0536-89-2170)へ出かける。
付近の地名は湯野島だけど、施設名は湯の島。
ややこしい。

ここはもう何回も行っている馴染みの温泉で、源泉掛け流しの露天風呂を楽しんでから、内湯でうたた寝をするのが最大の楽しみ。
今日もほぼ貸切状態で約2時間、湯船に浸かってうとうとしながら過ごした。

住んでる所からこの温泉までは結構距離があり、少しシビアな山道なのだが、行き始めた頃はそう負担に感じなかった。
最近疲れるのは、トシのせいだと思う。

この間からJimotyのためのトイレマップという意味のない変なGoogle Mapを作り始めていて、今日も自宅から温泉までの間にある公衆トイレを取材したかったが、大雨のため面倒になり、今回は行って帰ってきただけで途中寄り道はしなかった。

昼飯抜きだったため、午後4時に近くにあるスガキヤ 浜松葵ロックタウン店(静岡県浜松市中区葵西3-25-1:053-438-1717)でラーメンを食べてから帰宅しそのまま爆睡。

午後9時過ぎに再度起きて、お酒を飲んでから寝る。