2020年5月31日日曜日

温泉に行けない日(6) まだ行かない日を続けたほうがよいのかなあ?

今ちいと確認してみたんじゃが、最後に行った温泉はあらたまの湯(静岡県浜松市浜北区四大地9-92-1:053-582-1126:電話番号いいふろじゃよ:¥680:9:00〜21:00:定休第1月曜:ポイントカードあり♪)で、行った日は2月1日じゃった。
今日は5月31日じゃからえーっと、まあ4ヶ月はどっこも行ってない計算になる。
計算あっとるよね。
ワシ、計算が苦手じゃから。
まあ批判を恐れずはっきり率直に書くが、最後に行ったのが赤石温泉白樺荘(現在は近接地に移転して「南アルプス赤石温泉白樺荘」になっとる)でしたとか、熱海の龍宮閣(静岡県熱海市田原本町1-14:0557-81-3355)でした、なんて感じじゃったらアレじゃけども、まあまあ普通な感じの温泉じゃったから、何故か余計に早くどっかの温泉に行きたい気持ちになっとる。

もう改めて調べるつもりはないんじゃけど、可成りの温泉銭湯施設は営業再開しとる。
じゃから、ワシが行きたい温泉銭湯をある程度選んで今日にでもどっかに行くことはできる環境にまでなってきとる。
ただ、既に何回か書いとる通りワシは結構ビビりじゃ。
ワシは初老じゃし、軽度ではあるが既往症はあるし、まあこれは自責じゃが加熱式タバコは吸うは酒は飲むわで、一旦武漢にやられたら結構悲惨な結末が待っとるじゃろう。
じゃからまだ行きたくはないと感じとる。

一方でじゃ、今後武漢ウイルスが地球上から0になる可能性はない。
これは明白じゃ。
武漢を恐れて0になるのを待てば、ワシが死ぬのが先じゃろう。
というか、死んでも0になることは無いから、0を待つのには意味はない。
じゃから今考えるべきは、僅かなりとも残り続ける武漢ウイルスへの対応を万全にして風呂を楽しむ方法じゃろう。
心身を開放して手足をだらんと伸ばし「はぁ〜温泉はいいなあ」と放心するために入るのが温泉銭湯じゃと思っとるから、入るための手順や心構えを考えながら風呂に入るなんてめんどくさい話じゃ。
しかしそれを見つけて、まあ慣れていくしかあるまい。
慣れればさほどどうってこと無いかも知れんしなあ。

幸か不幸か、今は仕事がまだまだ多忙で土日も事務所とか多いし、事務所に行かない時はベッドでひっくり返っとることが多いため、単純に物理的に温泉に行けん環境にある。
それが解消されるのには恐らくあと1〜2週間はかかるじゃろう。
それまでにもう少し情報を集め勉強し、万全の体制と体調で行きたい温泉に行けるように準備しようと思うとる。

2020年5月28日木曜日

温泉に行かない日(446) 滝沢鍾乳洞に行きたい

先週、祥月洞という穴ぼこに行ったが入ることが出来ず、敗退したという体験をした。
このショックから立ち直るべく他に行くべき穴ぼこはないか探していたところ、浜松の北に滝沢鍾乳洞(たきざわしょうにゅうどう:静岡県浜松市北区滝沢町1520:¥0:クルマはもしかしたら廃校になった小学校に停められる?)というところを見つけた。

 

少し調べてみると、洞内はやや荒れ気味らしいんじゃけど、多少汚れるのを覚悟すればそこそこ奥まで入れるような報告もある。
ヘルメットとライトは必需品らしいが、まあその程度の装備であらば何とでもなるじゃろう。

因みにその昔、この洞窟に入った犬が数日後に諏訪湖の辺りから出てきたという伝え話があるらしいんじゃが、なんだか浜松の人とか豊橋の人は何故か諏訪湖が好きらしい
どうしてじゃろうか?
まあよい。
兎に角次の穴ぼこ目標は滝沢鍾乳洞と定めた次第じゃ。

2020年5月24日日曜日

Ride before you look!(43) 謎の洞窟を見に行った

旧奥山線完全制覇を目指すと云っておきながら何だが、先週Google Mapを見ていて気になった場所があったんで、そっちを先に行くことにした。
どこかと云うと祥月洞(しょうげつどう:静岡県浜松市北区三ヶ日町平山1234:駐車スペースはやや厳しいが可能)という洞窟っぽい名前のところじゃ。

ワシにとって洞窟と云えば矢張り鷲沢風穴(静岡県浜松市北区鷲沢町穴ノ久保428:¥400)に止めを刺すわけじゃが、ワシは鷲沢風穴だけではなく何故か山肌にぽっかり空いた洞窟のようなものが好きで、他にも青谷鍾乳洞とか幾つか来訪しておる。
地図で見つけたこの祥月洞なる穴ボコももしかして鷲沢風穴に負けず劣らず魅惑的かもしれん。
行ってみるしかあるまい。
ルートを確認してみると、国道に立ちはだかる先ず3つの峠をやっつけた後三ヶ日に出て暫く走り、最終盤の3km弱の距離で一気に130m程も登らねばならんことがわかった。これはいけません。
ZAMST様のお陰で最近膝の痛みが余り気にならなくなっておるがそれでもやはり怖い。自宅から出発するのはリスクが高いと思えた軟弱なワシは、真っ黄っ黃のスイスポくんで気賀まで行ってそこから自転車に乗って目指すことにした。
気賀を出発し、先ず寸座峠が出てくる。
次に立ちはだかるは佐久米峠じゃ。
最後に控えるは引佐峠じゃ。

全く何故人は峠に道を通すのか。
何故頑張ってもっと平坦な道を作らんのか。

等と毒づきながらえっちらおっちら峠を登って下る。
この3つの峠をやっつければ暫くはまあまあ平坦な道が続くが、R301に入り三ヶ日長根簡易郵便局のすぐ先を左に切れ込むと、イヤ〜な感じのダラダラ坂が長く続いておるのが目に入る。
ゆる〜くカーブしておるため先を見通せず、どこまで続いとるかわからん
実にイヤ〜な坂道じゃが、この程度の勾配ならばまだ頑張れる感じじゃ。
云うまでもないが、頑張れると好きは当然異なる概念であり、ワシは好きではない。
カーブを過ぎたら平坦になってほしいとのワシの願望は無残にも打ち砕かれ、ワシにとっては永遠とも思われる長さのだらだら坂道が更に続いておる。

全く何故人は坂道を造るのか。
何故頑張ってもっと平坦な道を作らんのか。

等と毒づきながらえっちらおっちらだらだら坂を登り続ける。
最後に控えた10%前後の坂道を2kmほど死にながら登ると、やがてこれが見えてきた。

物置とモバイルトイレ
© ill-health(ruephas) 2020
うむ。
道の反対側には湧水が引き込まれておる。

ちょろちょろ
© ill-health(ruephas) 2020
苔生したコンクリ製の樽にちょろちょろと水が注ぎ込まれておる。
ワシは事前にこのようなものがあると調べておったので、ここに来たら自転車用の水筒にその水を詰めて飲みながら帰ろうと思っておったので、蓋を開けてそこに近づいた。
が、理由は書かんがワシはそっと水筒の蓋を閉めて自転車に戻した。

でろんでろん
© ill-health(ruephas) 2020
さて、水は諦めたワシは本命の穴ボコを探索するため、水樽の脇から続いておる坂道を登り始めた。

© ill-health(ruephas) 2020
まずあるのが朽ち果てたプレハブ小屋じゃ。
洞窟と資料館と云えばほれ、例の鷲沢風穴(静岡県浜松市北区鷲沢町428)の科学資料館じゃ。

© ill-health(ruephas) 2020 / 2009

© ill-health(ruephas) 2020 / 2009
この半端ない場末感煽るる科学資料館が鷲沢風穴というところにあるんじゃが、それと同じ匂いをワシはここに感じた。

鷲沢風穴と同じニオイを感じる資料館
© ill-health(ruephas) 2020
プレハブには看板が吊るくられとって、そこには、
三遠洞窟研究会
岩石コレクション展示館
平山祥月洞洞友会
とある。

© ill-health(ruephas) 2020
興味を覚えたワシは、傍らの引き戸を開けようとしたが堅く施錠されておって入ることは叶わんかった。
中に入るのを諦めたワシは更に坂道を登っていった。
すると別の朽ち果てたプレハブが見えてきた。
「祥月洞」と書かれた看板が掲げられておる。

鷲沢風穴と同じニオイがここにも…
© ill-health(ruephas) 2020
恐らくここが本拠地、ショッカーで云うならば基地なんじゃろうと判断したワシは傍らにあるドアのノブを回して引き開けようとしたが、施錠されておって入ることは叶わんかった。
ちなみに手前の茶色い机のようなものの下にはビールの空き缶空き瓶が大量に溜め込まれており、ここでは恐らく三遠洞窟研究会の面々による酒宴がたまさかに行われているのではないかと想像されるわけじゃ。
さて、本拠地若しくは基地の右手には、ワシが目的の洞窟の入り口がぽっかり穴を開けておるのが見えた。

うむ、入れん
狭い
© ill-health(ruephas) 2020
狭い。
相当狭い。
入り口が狭い穴ボコと云えば、国鉄旧飯田線の夏焼第二隧道に入って200mくらいのところに開いとる横穴があるが、あれより小さい。
屈んでも入れるかどうか。
しかも、写真ではわからんじゃろうが可成りの量の水が奥からじゃんじゃん流れて来とる。
従いまして、本日ワシの身なりでは洞窟内部に進入することは出来んと判断して諦めた。
残念と思う一方、何だろ、なぜかはわからんが何か妙な安心感を思えたのも事実じゃとも。
ということで、ワシは祥月洞を後にした。
あ、そうじゃ。
ワシには入れんかった洞窟じゃけども、このようなものたちはきっと出るも入るも自由自在じゃろうと思うよ。

右手がデカいカニさん
© ill-health(ruephas) 2020
その後ワシは近くにある伊雑皇神社(静岡県浜松市北区三ヶ日町平山918−1−2)に行き、境内社として健気に生きる二柱の大山くんをお参りしてから帰ったのじゃった。

巧みに山道を避けて通った証跡

2020年5月23日土曜日

温泉に行けない日(5) 再開1発目に行く温泉銭湯を検討する

今月15日に多くの県で緊急事態宣言が解除された。
それから1週間ちょっとが経過した。
ワシは本日所用があって午前は街中方面に出かけたが、クルマの窓から見る限り営業しとる店や走るクルマの数や街を歩く人の数が(良いか悪いかはわからんが)少しずつ増えておるような印象じゃ。
ワシは温泉銭湯好きじゃけど、武漢ウイルスが日本で炸裂して以来温泉銭湯には一切行っておらんので随分と寂しい心持ちをしておる。
早く行きたいものじゃと思っとる。
一方でワシは案外ビビりじゃし初老でもあるので、武漢ウイルスが我が体内に入ることは可能な限り避けたい気持ちもあるんで、もう数週間は温泉銭湯に行くのは控えようと思っとる。
情勢を見極めて「よしこれならば行って宜しかろう」との確信を得られるまでは我慢しようと思っとる。
しかし近いうちに温泉行きを再開できるのは確実な情勢じゃろう。
そこで、再開1発目に行くべき温泉銭湯はどこじゃろうと考えておる。
何せ我慢した時期が相当な長さに及ぶ故、それなりのところに行きたい気持ちが強い。
多少遠くてもいいし、多少高くてもいいと云うことじゃ。
行き帰りの時間を一切無視して純粋に行きたいと感じる温泉はと云うと、
  • 星山温泉(神奈川県葉山町:廃業したとの噂あり)
  • 山王峡温泉しらかば荘(静岡県浜松市天竜区:のみ不可)
  • 湯の島温泉(愛知県豊根村)
  • 平山温泉龍泉荘(静岡県静岡市葵区)
  • 倉真赤石温泉(静岡県掛川市)
  • 接阻峡温泉会館(静岡県川根本町)
  • 城の台荘(栃木県那珂川町:東日本大震災の影響で休業中若しくは廃業)
  • 東河内温泉(静岡県静岡市葵区:当然行ったことはない)
  • 寿屋別館(兵庫県赤穂市)
  • 赤井浜露天風呂(静岡県松崎町)
  • 筋湯温泉 秀月(大分県九重町)
  • 元湯 蓬莱館(山梨県南早川町)
  • グランドヴィア(愛知県一宮市:当然行ったことはない)
  • 甲州市勝沼ぶどうの丘(山梨県甲州市:日帰りではなく宿泊の方)
  • 須賀谷温泉(滋賀県長浜市)
  • 塩田温泉 湯元 上山旅館(兵庫県姫路市)
  • 龍宮閣(静岡県熱海市)
  • 潮彩きらら 赤穂温泉 祥吉(兵庫県赤穂市)
  • 佐野川温泉(山梨県南南部町)
  • 黒根岩風呂(静岡県東伊豆町)
  • 塩之沢温泉(山梨県南身延町)
  • 昭吉の湯(静岡県下田市)
  • 大沢荘 山の家(静岡県松崎町)
こんなもんかなあ。
まあこの中からその時点で行けそうなところを選んで行くことにしよう。
ただワシは優柔不断じゃから、案外近くのスー銭とか昔ながらの銭湯に行ってしまうかも知れんが。
新車を買うときもそうじゃが、手に入れたり実際に行く時より選んでいる時のほうが遥かに楽しい。
あと1〜2周間はどうしようかどこに行こうか精々楽しむ事にしよう。

2020年5月16日土曜日

温泉に行けない日(4) 続・静岡県西部・愛知県東部の温泉銭湯営業状況

先日5月15日に39県で緊急事態宣言が解除され、ワシの住んどる地域も解除地域に含まれておった。
4月27日に、ワシんちから比較的近隣にある日帰り可能な温泉銭湯施設(ホテル・旅館などを含む)の休館状況を調べて載せたんじゃが、緊急事態宣言解除などの状況変化を受けて休館日程が変わったかどうかを再度確認してみた。
結果は以下の通りじゃが、多くの温泉銭湯が既に再開、若しくは近日中に再開予定であるようじゃ。
もちろん、ワシは当面の間温泉銭湯はまだ控えるつもりじゃが、もし何かの参考になればと思う次第じゃ。

施設名4月27日時点5月16日時点
和合の湯4月25日〜5月7日5月8日より再開
湯風景しおり4月25日~5月6日5月7日より再開
喜多の湯4月11日〜5月6日5月7日より再開
みよし湯不明(営業はしている?)不明(営業はしている?)
巴湯不明(営業はしている?)不明(営業はしている?)
風と月4月25日〜5月6日5月7日より再開
あらたまの湯4月29日〜5月7日当面の間休館
国民宿舎奥浜名湖4月20日~5月31日4月20日~5月31日休館
ビオトープトンボの湯4月20日〜5月6日5月1日〜当面の間休館
やすらぎの湯当面の間当面の間
磐田ななつぼし4月25日〜5月6日5月16日より再開
磐田グランドホテル 天神の湯4月26日~5月31日4月26日~5月31日休館
しおさい竜洋4月20日〜5月6日4月20日~5月17日休館
遠州みなみの湯4月25日~5月6日5月7日より再開
リフレU4月19日~5月6日5月19日より再開
和の湯4月20日~5月6日5月7日より再開
大東温泉シートピア〜5月31日〜5月31日
倉真赤石温泉おそらく休業中不明
もりの湯(森町望月プラザ)〜5月31日再開準備が整うまで休館
なかむら館(焼津)不明不明
南アルプス赤石温泉 白樺荘不明4月11日~5月31日休館
川根温泉 ふれあいの泉4月18日~5月6日5月16日より再開
寸又峡温泉露天風呂美人づくりの湯不明5月18日より再開
森林露天風呂(接阻峡)4月20日〜5月10日6月1日より再開
ならここの湯〜5月31日〜5月31日
さがら子生れ温泉会館4月18日~5月6日5月18日より再開
接阻峡温泉会館4月20日~5月6日5月23日より再開
ゆ〜ゆ〜ありいな4月14日〜当面の間4月14日〜当面の間
うめの湯4月14日〜当面の間5月22日より再開
本宮の湯4月12日~5月7日4月12日~5月31日休館
豊川市健康福祉センター(いかまい館)3月6日〜5月6日~5月31日休館
あめにてぃの湯4月18日~5月31日4月18日~5月31日休館
ナツメ別館不明不明
千人風呂(豊橋)不明不明

補足するならば、昔ながらの銭湯(上でいうとみよし湯・巴湯とか)については前回書いた如く全国浴場組合からは営業停止などの指針は出されておらん。
ちなみに愛知県公衆浴場業生活衛生同業組合(愛知県名古屋市中区千代田3-9-14:052-322-5735)のサイトを見ると緊急事態宣言に関してというページがあってそこにはやはり、
新型コロナウイルス感染拡大防止のため緊急事態宣言が出されましたが、銭湯は地域の公衆衛生の一端を担うという観点から、可能な限り営業を続けます。(一部抜粋)
との記載がある。
生活施設なんじゃから当然といえば当然。
従って、地域住民以外の人が銭湯に行くのは、現段階ではこれは良くないことじゃろう。
また、県や市区町村などから指定管理で運営しとる施設(上でいうと寸又峡温泉露天風呂美人づくりの湯・やすらぎの湯など)については、それぞれの自治体の方針に依存しとるからそっちを確認したほうがいいじゃろう。

なお、上の表はモバイルデバイスの環境に寄っては、右端が切れとったり、セルの一部が緑色になっとるかもしれん。
その場合は済まぬが横スクロールしてみておくれ。
なお、施設名に貼ってあるリンクは基本的に施設公式サイトのトップページにしておるよ。

2020年5月10日日曜日

温泉に行けない日(3) 莫迦野郎が世に蔓延るから温泉銭湯が遠くなる

これはあまり褒められてことではないが、ワシ本日少し仕事をしに事務所に行った。
午前中には終わり帰ったわけじゃが、帰途クルマから見るといくつかのお店は開いておるようじゃった。
ワシの住んどるエリアは武漢ウイルスの感染状況が比較的落ち着いとるからじゃろう。
ここ数日は新規感染者数は0が続いとる。
とは云っても、努々油断すべからずというのは当然じゃろう。

温泉銭湯についてはまだきちんとは調べてはおらんが、連休明けの7日には恐らくいくつか営業を再開してるものと思われる。
しかし前に書いたが如く、ワシは再開されたからと云ってすぐに温泉銭湯に行くつもりは全く無い。
世に温泉銭湯好きは多いことじゃろうから、再開の報に触れた一般庶民がワッと温泉銭湯に集まるに相違なかろう。
しかし、ワシも含めてじゃが、どこの誰が武漢ウイルスのキャリアかどうかわからん。
風呂屋に行って隣り合わせたおっさんが武漢キャリアかも知れん。
浴槽内は比較的安全という話をよく聞くしそれはまあまあ理解できる。
が、云うまでもなく危ないのは矢張り脱衣室じゃろう。
ワッと集まって密集状態になった脱衣室は、これはこれでなかなかリスキーじゃと思うので、いろんな状況が可成り落ち着くまではじっと我慢の子を決め込むつもりでおる。
つまらんが仕方ないことじゃ。

そのようにしておったら、このようなニュースが流れておって驚いた。

(2020/5/10配信 北日本新聞)

上のリンクから読んで頂けるんじゃが、リンク切れが予想されるため申し訳ないがキャプチャを付けておく。
すみません北日本新聞社様。

Copyright (C) 2020 北日本新聞社

記事に書いてある通りの酷い所業じゃ。
このような中年莫迦が湧いて出る事により、先ずはこの立山鉱泉が被害にあい、この莫迦が滞在していた時間帯にたまたま居合わせた客が迷惑を受けたわけじゃ。
そして「矢張り銭湯は危険じゃ」という謂れなき風評が広がり、元通りの営業状態に戻るまでの時間が必要以上にかかる。
その結果、ワシら温泉銭湯好きが何の屈託もなく「はぁ〜、やっぱり銭湯はいいなあ」と思いながら、浴槽の中で脱力した手足をだらんと伸ばして至福の時間を味わうことがまた遠くなってしまう。

このような莫迦野郎は本当に度し難い。
何故、待てない。
ワシがこの莫迦の立場であらば、当たり前すぎる話じゃが最低でもPCR検査の結果が出るの待つ。
当たり前過ぎて書く気にもなれんくらいのことじゃ。
結果が陽性であらば病院・ホテルに直行、若しくは自宅警備体制に入るのは云うまでもないが、仮に陰性であっても恐らく更に半月は自粛するじゃろう。
陽性の結果は100%じゃが、陰性との結果は100%ではないからじゃ。
自分で言うのもなんじゃけど、これが大人の嗜みというものじゃろう。
いやいや違うな。
嗜みなんてもんじゃない、人としての常識レベルじゃろう。

温泉銭湯好きであればあるだけ、今は我慢の時じゃろう。
読めばこの莫迦は50代とのことじゃ。
50のおっさんが全く。

2020年5月9日土曜日

Ride before you look!(42) 遠州鉄道旧奥山線を制覇できるか

富士市には何故、傾いだ石祠タイプの山神社が大量に存在するのかについては、現在暇を見つけて関連テキストを読んどるところじゃから、それが終わったらまた書くつもりじゃ。

ところで奥山線という軽便鉄道が静岡県西部に昔あった。
今は無い。
1964年に廃線となったとのことじゃ。
奥山線については、25年位前に誰かから聞いて知っておった。
ワシは普通の人よりかは若干鉄分が高いほうなので、当時少し興味を持って図書館とかで関連図書を読んだ記憶があるがまあそれ限りで、それ以上特に深く探求することはなかった。
軽便鉄道と云う用語に初めて触れたという人もあるかも知れんのでワシなりに噛み砕いて説明してしまえば、普通より狭くて細い線路に、あまりパワーがない汽車や電車を走らせていたと云えばわかるじゃろうか。
詳しくは各々調べなされれい。
線路が狭くて細い分、路線敷設のコストは安く済むしその維持費も安価じゃ。
汽車や電車もあまりパワーがないから、同様に安く建造できる。
その代わり大量輸送や高速化は当然望むべくもないわけじゃが、あまり人口集積が無いエリアじゃけども鉄道が是非欲しいと云った少し田舎の方では嘗て盛んに作られておったらしい。
その一つが奥山線という事になるのじゃろう。
蜘蛛の巣で調べてみると、この奥山線は浜松市街(現:クリエイト浜松辺り)をスタートして基本的に北に向かって走り、奥山(現:遠州鉄道細江営業所奥山車庫の辺り)というその名の通り山の方までつながっとったようじゃ。
路線の長さは26km弱。

で、なんでこんなことを書いたかというと、この路線を全部自転車で走ってみたらどうじゃろうか思っとるからじゃな。
既に書いたとおり、嘗てこの軌道を走っておったのは貧弱な汽車や電車であったということは、つまり急坂を通しておるわけがなかろうと思ったからじゃ。
比較的平坦な路線になっておるに違いない。
抑、鉄道は坂路に弱い。
その上貧弱な軽便じゃったら余計に弱いじゃろう。
そうなると、坂路が苦手なワシにでもやってのけられるかも知れん。
距離的にも25km、往復しても50kmじゃから非常に適度じゃと思われる。
当然このようなことは既に何人何十人何百人の老若男女がやってのけておるには違いないと思うが、ワシにゃあそんな事は関係ありません。
やったら面白いに相違ないと思うだけじゃ。
勿論、日常生活の中やサイクリングでその一部を走ったことはある。
まだロードバイクなどというものに興味も関心も何もなかった時分でさえ、現コンコルド浜松の辺りから亀山トンネルを抜けて住吉あたりまでは、廃線跡が快適なサイクリングロードに整備されとるので、(今考えればクソ重い)折りたたみ自転車でたまに走ったものじゃ。

ワシは取り敢えず廃線時点の駅を調べてみて地図に落とし込み、それをもとにして全線完乗を目指すことにした。
その地図というのがこれじゃ。

旧奥山線Map

これを眺めつつ、近いうちに早速取り掛かってみようかと思っとるよ。
因みに今年の目標の一つに「ビワイチ」というものを考えておるが、当然諦めてはおらんもののこういった世情では実際なかなかにむつかしいと思う。
ワシの脚力では一周160kmの琵琶湖を1日で周り切ることは無理であり、そうなると当然最低1泊場合によっては2泊せにゃあならんが、このご時世ホテルも旅館も何処もやっておらんからじゃ。
じゃからそれはそれとして置いといて、当面はこのような感じでテーマを決めながら近隣を自転車で経巡るというのも興味深いやもしれん。

2020年5月6日水曜日

プロジェクト "山神社"(58) 合祀・境内社について⑧

実は、神社合祀令について蜘蛛の巣の世界を検索すると、もしかして皆さんも知っておるかも知れんある有名な学者の名前が引っかかることに少し前から薄々気づいとった。
その学者の名前は南方熊楠(みなかた くまぐす)という。
ワシゃこの学者のことは殆ど知らん。
専門書ではなく、大昔に誰かの気軽な本(確か日本酒の本)で読んだ限りのことしかわからんのじゃが、それによればこの人は確か細菌学者か何かで、酒飲みで、奇行家で、ゲロを吐くのが上手いという何だかとんでもない知識しかない。
まあ大分前に読んだ本じゃし、記憶違いかも知れんが。
なので、このような奇行好き酒好きの細菌学者が、一見お門違いの神社合祀令とセットになって検索に引っかかるのか不思議に思ったわけじゃ。
例えばシンプルに神社合祀令だけをキーワードに検索すると、あくまでワシの場合じゃがWikipediaの記事がトップヒットする。
で、それ以下は次のとおりじゃ。
検索に引っかかった10項目のうちの4項目について南方熊楠が入ってきておる。
トップヒットしたWikipediaの神社合祀の中にも熊楠の記述があった故、実質的には5項目じゃなあ。
なので先ずワシは常套手段として南方熊楠の云う人そのものをWikipediaで見てみた。
わかったのは博学多才で言語堪能の天才的学者ということじゃ。
昔の日本にもこのような凄え人がおったんじゃなあ、いやあ寧ろ昔じゃったからこそ存在し得たのかのう、等と思いつつ記載を読みすすめると、
1907年(明治40年) - 前年末発布の神社合祀令に対し、神社合祀反対運動を起こす。
という記載があった。
ははあ成程これじゃな。
さらに、
1909年(明治42年)9月 - 新聞『牟婁新報』に神社合祀反対の論陣を張る。
とある。
Wikipediaではこの2項目があるだけじゃが、何らかの形でこの人が神社合祀令に歯向かっていた様子は伺える。
そこで気になるのは、上記検索結果のうちの最後の2項目。
一番下の青空文庫とは、相当の年月が経過し版権が切れた図書について無料若しくは安価で提供しとるもので、その上の「(口語訳)」というのはそれを誰かが頑張って口語訳してくれたものじゃと思われる。
当然、苦労して文語体のテキストは読みたくはないのでそっちをポチッとしてみたわけじゃ。

で、今読み始めた。
大分長い文章で、口語訳とは云ってもやはりわかりにくい。
兎に角一通りしっかり読んでみて、続きはその後としようと思う。

2020年5月4日月曜日

プロジェクト "山神社"(57) 合祀・境内社について⑦

「でも何で抑、神社を集約していく必要があったのかがわからん」
というところで何だか調べるのが少し億劫になってきたワシじゃったが、先日気になるニュースを読んだ。
というかたまたま読み返した。
ワシはGoogleで、指定したキーワードが含まれたニュースを通知してもらうというサービスを利用しとって、山神社・大山祇命・ロードスター(まだ諦めとらんぞ)・ロードバイク等のキーワードを登録しとる。
引っかかったその記事というのは1つの村に14神社 地方に残る「神とのつながり 」 明治政府の「合祀令」反発し現存というサブジェクトで丹波新聞の電子サイトに掲載されとったものじゃ。
実はこの記事自体は昨年のうちに既読しとったんじゃが、当時は合祀とかをちゃんと調べようとは思っとらんかったんで、中に書いてあった「大山くん物件をたった2戸の住民さんが頑張って守っとる」という記載に対して「エラい!エラいぞ荻野さんと荻野さん。今後もしっかり大山くんを守ってくださいお願いします」と思ってそれでお仕舞いでそのまま忘れとったわけじゃ。
馬鹿じゃねワシも。

リンク先の記事本文を読んでもらえばわかるが、兵庫県丹波市内にある東芦田(約180戸)というところには、延喜式内社の高座神社を含め14社もの神社があるそうで、何でそんなに沢山あるかと云うと、この土地の住民は「その土地土地の信仰や文化のよりどころがつぶされることを嫌い」「明治39年(1906)の『神社合祀令』に村人が与しなかった」からだと書かれておる。
そして記事内にはその神社合祀令について次のように簡単に纏めてあった。
「合祀令」は、神社の数を減らすため、時の西園寺公望内閣が一町村一社となるように出したもの。▽統合して大きくした方が神社に威厳が持たせられる▽維持がしやすい▽当時は地方自治体が神社運営費を出す前提で財源に見合う数まで減らす―というもので、10年足らずの間に、全国的に約20万社あった神社の約3分の1が取り壊された。
ははあ成程。
これはワシのような薄い知識しか無い者にとって大変にわかりやすい纏めじゃ。
▽の部分なんか、例の勅令からは全く読み取れん要素じゃ。
で、この神社に威厳っていうのは時代的には何となくわかる気がする。
神社に威厳をもたせにゃならんというのは当時の国体としてはまあそうじゃろうとは思う。
そして国として「神社に威厳を持たせる」と宣言しとる訳じゃから、そのコストは当然国費で賄うのが妥当じゃろう。[1]
ただまあ、国費とはいっても当然無限ではない訳じゃし際限なしに拠出するわけにもいかんから、まあある程度対象神社を絞る必要はあるじゃろう。
ただ絞るだけでは、国費支給対象から漏れた諸神社の神職氏子さんの皆さんから突き上げを食らうかも知れんからそれは避けたい。
それは面倒じゃよ、俺たちそこまでサラリー貰ってねえし。
じゃあまあいっそのこと、合体させちゃえばいいじゃん。
ちっちゃいやつには威厳なんて無いしねやっちゃえやっちゃえM&A。
という感じじゃったのだと想像する。
何となくそのへんまではわかった。

しかして何じゃろ。
勅令に対して住民の皆さんが反抗することができたというのは何か凄えなと。
形式的にはまあ、天皇が「おまいらこれやれよ。やらんとどうなっても知らんからね」と勅令という形で国民に命じとるわけじゃろ。
当時の天皇と云えばこりゃ大変な威厳があったに違いない。
いや、勿論今の天皇(当然ワシも敬愛しとる)にも威厳はあるがその意味は大分に違う。
今はあくまで国の象徴としての威厳じゃ。
当時は象徴ではなく、天皇は国を直接動かすシステムに組み込まれとった筈で、じゃから勅令というものがあるんじゃろうと思う。
そんな強大な権限を持つ天皇が命じたことを無視するやらねえって云うのは何だかおっそろしい結末が待っとるような気もするんじゃが、その辺どうなんじゃろう。
まあ、恐らくじゃがこの勅令を実際に実施したのは天皇でも国でもなく、行政機関たる県とか市とかの首長とか、その配下の役人とかじゃろうとは思うので、もしかしたらその強制力に濃淡が生じたのかも知れんというか実際に濃淡が生じておるわけじゃ。
神社という個人の信仰に関わる事項じゃしねえ。



これは記事の中に記載がある山神社の所在を示す地図じゃが、地図内のーボタンをタップして拡大して見ていただければ分かる通り、丹波の東芦田地区というのは正直言って可成りの山の中であり、もしかしたら中央や県行政の指示が距離的物理的に行き届きづらかった可能性はある。
行政の関与と云うか強制力というのがあまりなかったと云うか及ばなかったと云うか。
また、行政(若しくはその行政というシステム内で働く首長や役人)に寄ってはもしかしたら、地元住民から神社を奪うというのは忍びないと思い積極的に勅令を無視した人がおったのかも知れん。
そのへんはまだよくわからん。

事情は良くはわからんが、兎に角結果としてここ丹波の東芦田というエリアに関しては勅令に対しての対応が「淡」であったわけじゃ。
その結果、狭い地域内にまさに綺羅星の如く多くの神社がM&Aを免れて生き残り、今に至るまで住民の皆様に愛されておるわけじゃな。
一方、そうではないところも当然にして存在する、
少し調べてみたらば、逆に「濃」であった、即ち勅令を金科玉条の如く守り抜き厳しく実施して、結果として地域の(中小弱小)神社がほぼ壊滅状態となったエリアも存在することがわかった。

[1]
この勅令自体が良いかどうかは扠措き(まあ良くないと思うが)、この辺りは例の小型白布顔当てのおっさんも見習えよ全く。
自粛要請という実質強制をやるならば、それに見合ったカネを出せ。
まあ阿保嫁の暴走も抑えられんようじゃから、そんな指導力を発揮するのは期待しても無駄じゃろう。

2020年5月3日日曜日

温泉に行けない日(二) 温泉に行けない

儂は九年前の十二月に温泉に行けない日(一) 経済的引きこもりという題名の投稿をした。
事情をよく覚えていないんじゃが当時は何か非常に金欠であったらしく、ま、勿論今でも金欠じゃが今より程度が酷かったようで、焼津の中村館辺りに行ってあったかい温泉に入ってほっこりしたいが金がないから行けん、みたいな内容じゃ。
温泉銭湯なんて高くても精々千円前後の料金じゃから、今は流石に其の千円が出せんから温泉に行きたくとも行けんなんてことは無い。
しかしながら、今や逆にいくら金を積んでも温泉銭湯に行けんという状況になっとる。
少し前に書いた如く、日帰り温泉銭湯、旅館などの宿泊施設のやつも含めて、現在近隣の入浴可能施設はほぼ完全に全滅しとる。
昨年暮れくらいの時点で、今このような状況に陥るとは想像だにしておらんかった。

儂は温泉銭湯が好きなんじゃが年を負うごとに万事が億劫になってきておる。
行きたいとは思っても行くのが面倒だ、行って人が溢れ返しておったら気分が悪いだとか何だかんだと思い始めると「まあいいや。温泉はまた今度にしよう」となることが儘ある。
或いは、温泉に行きたいし行くのも面倒とは思わんという日も時々あるんじゃが、そんな時今度は儂の優柔不断な性格が温泉行きを妨げる。
自分で作っとる温/泉/週/記 地図というのを眺めて「今日はどこに行こう、あそこがいいかここがいいか」等と考え始めると案外長い時間が経過してしまい、結局決められずどこにも行けんと云うことも珍しくない。

今思うと残念な行動及び思考様式じゃとつくづく思う。
行きたかったら兎に角行けば良いのにと思う。
例えば迷った時には「取り敢えず一番近くにあるところに行く」とか、早く起きて時間がある時はなかなか行くことが出来ん接阻峡あたりまで行くとか、予め方針を定めておけばいいかも知れん。

多くの温泉銭湯は大型連休明けに再開するとなっとる。
まあこれはあくまで現段階のことであって、昨日辺りには最近とみに国民からの信頼感が低下しておる白布顔当てのおじさんが「緊急事態宣言はあと一ヶ月伸ばす」というような発言をしておるから実際どうなるかはわからん。
しかし兎に角、再開したら迷わず行く。
そして世の中が平常に戻っていって昨年までのような状況になったならば、先程書いたような行動様式を定めてじゃんじゃん行く。
これは決めた。

勿論、人が集中する状況は避けたほうが宜しいじゃろうから、再開直後は敢えて避けることはやむを得まい、というか寧ろ避けるべきじゃろう。
従いましてその様子も伺いつつということになろうが、兎に角、早く普通に温泉銭湯に入ることが出来る日々が戻ってこれば嬉しいと切に思う次第じゃ。
其のためにも「人から伝染らぬよう、人に伝染さぬよう」充分に用心して当面の日々を過ごすことを心がけようと思っとる。