2020年3月8日日曜日

温泉に行かない日(434) 年齢に応じて変わる座右の銘

座右の銘かい?
現段階では、
「強気にハゲる」
これに尽きる。

倉真赤石温泉(17) 予約制へ徐々に以降中であります

大抵の週末は温泉に行くかやぎさんと遊んどる事が多いんじゃが、ここ数週間は所要があって毎週実家に帰省しとる。
今後もそれは続きそうな情勢じゃから暫くは温泉にも行けんしやぎさんにも会えん。
なので今日は思い切って倉真赤石温泉(くらみあかいしおんせん:静岡県掛川市倉真赤石5986:0537-28-1126:電話番号いいふろじゃヨ:¥1100:11:00くらい〜17:00くらい:途中の道及び駐車場がややシビア)に行ってきた。
昨今のご時世じゃから、人が密集する大規模スーパー銭湯などはいかにも危険じゃし、ワシが住んどる静岡県の中部ではコロナウイルスのキャリア(分別のない中年)がスポーツジムの風呂に入って大騒ぎになったし、お隣の愛知県は蒲郡ではやはりコロナウイルスのキャリア(同じく分別のない中年)がフィリピンパブで酒を飲んだ挙げ句あろうことか「ワシは陽性じゃ」と喚いてやはり大騒ぎになった。
何れも万死に値する莫迦野郎中年(特に蒲郡の莫迦は最低でも傷害罪じゃろう)の話じゃが、兎に角まあそんなこともあったので、人があまり来なくて殆ど貸切状態の倉真赤石温泉に行くことにしたわけじゃ。
温泉に着くと何時もの如く、ワシの真っ黄っ黃なスイスポくんのエンジン音を耳ざとく聞きつけた鈴木会長が傘を広げて待っておってくれた。
だいぶんに久し振りに会うなあ。
続いて会長の娘さんも現れた。
「いやあ、実はね。ここ10日くらい休んどったんじゃ」
「へ?どうしました?体調でも崩されましたか」
「いや違う。このご時世だからね」
ふうん、そうか。
人口密集とはまさに真逆、閑散とし過ぎているここ倉真赤石温泉は影響は無いじゃろうと思いこんでおったワシのほうが警戒感がなさすぎたのかも知れん。
「今日は入れるんですか」
「大丈夫よ。実は今日も偶々来てただけでもう帰ろうと思っていたんだけど大丈夫。入れるから」
やあ、ありがたい。
早速玄関に入ると、こんな掲示がしてあった。

予約制に関するお知らせ
© ill-health(ruephas) 2020

曰く。
〜 お知らせ 〜
これから予約制にして行きますので、前日までにお電話ください。
営業時間は10時〜18時です。
よろしくお願いいたします
− 店主 −
「なんですかこれ?予約制?」
「そうなの。昼間に誰も来なくて閉めようと思ったら電話がかかってきて『今から行っていい?』『なんだやってないの』とか云われることが多くて困ってるのよ」
ははあ、成程ね。
「そうか。予約制はいつから始めるの」
「いつからってわけじゃなくて、段々と予約制に移していくって感じ」
まあ、ここの温泉はクチコミで「なかなかいい源泉掛け流し温泉」「秘湯感が味わえる」等の評判が広がっておって、それを聞きつけた温泉客、もっというと運営経営の実態を全く理解していない温泉客がこのような無茶を云うのであろうとは想像に難くないところじゃ。

ここの温泉は親子で切り回しとる良質ながら小さな日帰り温泉じゃ。
18時位に温泉に入りたいというのは判るが、こういった次第じゃからあまり無茶な事を云ってはいかんよ。
因みに予約は上に書いてある電話で前日までお願いしますとのことじゃった。
特に平日行きたい場合は電話は是非お願いしたいところじゃ。
勿論ワシも電話する。
ただまあ、このような感じで思いついた時に気軽に行ける場所が段々と少なくなってくるとしたら、これはまあ寂しい話じゃ。
しかし「かんぽの宿 浜名湖三ヶ日」のように廃業しないだけまだ有り難い。
頑張って欲しいと思う次第じゃ。


温泉銭湯コスパ算出表
泉質ポイント
4.5
風情ポイント
4.5
やぎさんポイント
0.0
入浴料
1100
温泉コスパ
0.8

2020年3月3日火曜日

温泉に行かない日(433) 通販生活と小林製薬

通販生活と小林製薬の作る版材のネーミングセンスは凄く似ている。
今夜は以上ですじゃよ。
よおし。

2020年3月2日月曜日

温泉に行かない日(432) 週/記をKeepするのが今後暫く困難な模様

2018年11月から先月までの1年4ヶ月、何とか「温/泉/週/記」のブログ名通り週に1回以上のポストが出来ているんじゃけども、どうもこのペースは今後暫くは守れそうになくなってきた感じじゃ。
仕事についてはまあ結構割合案外想像以上に忙しい。
自分的には激しく忙しいんじゃけども、忙しくてバランスを崩しそうな精神状態をブログを書く事により平常に戻せるという事実がある。
じゃから多忙は書かない理由の全てではない。
このトシになるとまあ仕事以外にもいろいろ出来事があって、比較的時間が空いとる週末も時間を押さえられてしまうことがほぼほぼ確定したため、暫くはだいぶんに間引き運転を余儀なくされると思う。
読んどる人もそう多くないこのサイトじゃが、一応事前に言い訳をしておくわい。

2020年3月1日日曜日

プロジェクト "山神社"(54) 合祀・境内社について④

ワシはもうちいと合祀・境内社について調べてみることにした。
ワシは実に安直な性格と思考回路をしておるから、そう貴殿の想像通り先ずはWikipediaで境内社を調べてみた。

愛知県豊橋市にある熊野神社の長屋
真ん中の一番デカいのが大山くん(多分)
© ill-health(ruephas) 2020
なんで境内社の方にしたかというと、大山くんは経験的に合祀よりも境内社として生きながらえておる数のほうが多いからじゃ。
「境内社 Wiki」でググるとヒットするのは摂末社じゃ。
ワシは全く普通に何も考えず境内社という用語を使っておったが、どうやらそれは正式名称ではない様子じゃ。
まあ言葉なんてどうでもよい。
早速読んでみた。
摂末社(せつまつしゃ)とは、神社本社とは別に、その神社の管理に属し、その境内または神社の附近の境外にある小規模な神社のことで、摂社(せっしゃ)と末社(まっしゃ)と併せた呼称である。枝宮(えだみや)・枝社(えだやしろ)ともいう。
現在は摂末社に関する規定は特にないが、一般には、摂社はその神社の祭神と縁故の深い神を祀った神社、末社はそれ以外のものと区別され、格式は本社が最も高くそれに次いで摂社そして末社の順とされる。本社の境内にあるものを境内摂社(けいだいせっしゃ)または境内社、境外に独立の敷地を持つものを境外摂社(けいがいせっしゃ)または境外社という。
明治から戦前までの近代社格制度では、官国幣社の摂社は以下のいずれかを満たすものとされ、それ以外は末社とされた。
  • 本社の祭神の后神・御子神等、系譜的に連なる神を祀る神社 
  • 本社の祭神の荒魂を祀る神社 
  • 本社の地主神(祭神が現在地に遷座する前に当地に祀られていた神)を祀る神社 
  • その他、特別の由諸がある神社
斯くの如く、書いてあるのは摂末社の定義や他の呼称ばかりであり、なぜそのような状態になったかは書いておらん。
ワシは学術的な定義関係ははっきり云ってどうでも良くて、どうしてそのような状態の摂末社、境内社という形態が発生したのかが知りたいのじゃが…
関連項目欄にもそれっぽい項目のリンク先は表示されておらず、この方面を諦めたワシは次にWikipedia内で合祀を検索してみた。
開いてみるとこっちの方は摂末社よりもかなり文書量が少なく簡略なものである。
こちらも引用してみよう。
ある神社の祭神を、別の神社で合わせて祀ること(寄宮)。または、一つの神社に複数の祭神が祀られている状態のこと(相殿)。 合祭(ごうさい、がふさい)とも言う。
前者の合祀には、本殿で祭神を一緒に祀る本殿合祀と、神社の境内に元の神社を移転し境内社とする境内合祀、離れた飛地境内に移転し境外社とする飛地境内合祀の3種類がある。
明治から大正にかけての神社合祀令では多数の神社が合祀の末、廃社された。これら廃社された神社の中には、後に合祀されていた祭神を戻し(復祀)、再建されたものもある。
ふうん…また定義モンかよ、と一旦は読み飛ばしてしもうたが、もう1回よく読むとちいと気になる言葉が書いてあるのに気づいた。

即ち「明治から大正にかけての神社合祀令」という部分じゃ。

神社合祀令?
はぁ?
知らんなぁ。
初めて聞く言葉じゃ。
ただ「令」というからにはお上からの強制的な措置であることに難くないじゃろう。
あとなんじゃろ、この記述自体は落ち着いた冷静な文体なんじゃけど、なんて表現すればいいのかわからんが、記載者から滲み出る気持ちが隠せない部分がある。

多数の神社が合祀の末、廃社された。

ここじゃ。
合祀の末、廃社された。
お上の命令により、じゃ。
これは一体なんじゃろう。
これって所謂「尋常ならざる状況」ではないのか。

明治から大正にかけてお上がやらかした宗教関係の暴挙と云えば「神仏分離令」が思い浮かぶ。
実はワシは一時期、みうらじゅん・いとうせいこうの影響を受けて仏像に深くハマっとった。
従いまして見仏記(➝因みにこれ、Google日本語で一発変換できた)シリーズを興味深く読んどったんじゃけども、博覧強記ないとうせいこうの記載により「神仏分離令」なるものはっきり云って無茶な政策であり、結局は日本の仏教文化いやいや仏教のみ成らず宗教文化をモノ(仏像)も含めて破壊せしめた悪政であったとワシは理解しとる。
見仏記をしきりに読んどった当時は神様神社なんて全く興味がなかったので、仏側の被害については心を痛めたが、神側のことについては全く無頓着であったためそれ以上のことを調べようともせんかったから、この神社合祀令のことは全く知らんかった。
上記の如く、神社合祀令とは何やらきな臭い感じがする。
どんな令なんじゃろか?

プロジェクト "山神社"(53) 合祀・境内社について③

もしかしたら、維持手がいなくなった神社をM&Aして貰うという理由以外で合祀や境内社という事をやったのかも知れん。
例えば財政的理由とか運営効率化がまず容易に思い浮かぶ。
神社という信仰の拠り所に財政とか運営とかいうのはそぐわない気がするんじゃが、しかし例えば図書館の郷土史コーナーでどこでもおいてある地元の神社一覧という類の本をちょっと調べて貰えば判る通り、複数の神社を兼務しておる神主さんはゴロゴロしとる。
下の写真は、ワシが崇敬しとる神社の一つである浜松市中区和合町にある大山祇神社に掲示されとる年間行事表じゃ。

© ill-health(ruephas) 2020
中を読んでみると、
  • 2月11日(火)・・・祈年際(としごいのまつり)11:30〜12:00
    ※本当は2月17日(宮司様用事の為)
  • 12月29日(火)・・・年越の大祓 15:00〜16:00・・・茅の輪くぐりと紙人形
    ※本当は12月31日(宮司様用事の為)
という記述がある。
「宮司様用事の為」本来の日付を已む無く変更しておる。
「本当は」という言葉がこれらリスケの無念さを強く示しておる。
どちらも神社氏子さんたちにとっては残念至極なリスケじゃろうと想像するが、特に年越の大祓の方はやはり、年の締めくくりの日である大晦日にやりたかったじゃろうと思う。
この神社の神主さんはやはり複数の神社を忙しく兼務しとるのは確認済みじゃから、「宮司様用事」というのは恐らく他神社とのスケジュールバッティングと思われる。
例えそれが個人的な所要だとしてもそれはそれで仕方ないことじゃろう。
最近は宮司神主さんのなり手も少ないことは想像に難くない。
宮司神主さんの収入は想像もできないが、恐らくそんなに大儲けというわけでも無いじゃろうし。
それじゃったらいっそのこと、1人の宮司神主さんが兼務している神社をひとまとめにしてしまって宮司神主さんの業務軽減・働き方改革を推進しつつ、同時に本来あるべき姿やスケジュールで催事を執り行うほうがいいのではないかというような考えも、まあありかも知れん。
とは云っても、やはり氏子さんにとっては長く信仰してきた神社が合祀・境内社化により今までの場所からなくなるのは寂しい気持ちじゃろうし、特に年寄にとっては神社までの距離が確実に遠くなるわけじゃから、日常の行為として気軽に参拝できなくなる恐れもある。

財政的理由という事で云えば、2つの神社で合わせてしまって行事を行えば、それぞれの氏子さんにとってみれば単純に神社運営負担コストは半減することになる。
何か真っ当な理由があるのであれば、そのコスト分を少しでも生活費に回したいと考える氏子さんも多少はおるかも知れん。
また神社側にしても、例えば何十年かごとに到来するであろう大規模修繕コストを削減できるのは純粋に魅力的かも知れん。
修繕資金は多分、氏子さんを対象に募ることになると思うんじゃが、それだけではとても不足じゃろうから、場合によっては氏子さんではない近隣住民さんたち対象に寄付を募って手当することになるじゃろう。
が、これはこれで一筋縄ではいかん話じゃろうと思う。
勿論、信仰を対象にコストカットを語るとはまさに罰当たりの所業かも知れん。
そのような批判は当然想像しつつ書いとるんじゃが、やはりこの世知辛いご時世じゃ。
このような理由で大規模なM&Aが各所で進められた可能性はないとは云えん。

じゃけどなあ…
まあ無いとは云えんけどなあ…
確かに運営効率化やコスト削減は神社が生き残るために必要かつ重要な要素とは思いはするが、それだけでM&Aをじゃんじゃん推し進めるかなあ。
あと、このような状況が起こるとすれば大なり小なりどの地域でも同じようなもんじゃろうと想像するが、地域によってM&Aの度合いに明らかな濃淡が見られるの理由がいまいちわからん。
どういうことじゃろうかなあ…