2024年7月7日日曜日

温泉に行かない日(539) 山の辺の道(14) 石神神宮➔長岳寺(4)

衾田陵を遠目に眺めて参拝してから山の辺の道に復帰。
しかし、この手の天皇陵関係史跡に対しての参拝の仕方がよくわからんのはワシだけではないような気がする。
どういうことかと言うと、お祈りの対象が神様なのか仏様なのかが判然としないからじゃ。
まあ基本は神様なんじゃろうとは思うが、歴史上の歴代天皇は仏教方面にも色々食い込んどる。
例えば聖武天皇なる方は盧遮那仏をぶったてた東大寺の礎のような存在じゃし。
山の辺の道踏破の最初の頃に訪れた崇道天皇 八島陵(奈良県奈良市八島町124)でもそうじゃったが、現地にはこうせいああせいというようなことは一切書いてないのでどうすればいいのか決められず、念の為に両方の流儀でもってお祈りするようにはしとる。
しかしそれも結構面倒な話じゃし、祈られる対象の中の人も「それお前ちげーじゃん。しっかりしてくれよ」と苦言を申し述べている可能性もある。
天皇陵の正しい参拝方法を誰か教えてくだされ。

天皇陵参拝方法について軽く悩みつつ先に進むと、墓地が見えてきた。
道はその墓地の中を通っておる。
地図で確認すると念仏寺(奈良県天理市中山町401)が管理するお墓らしい。

お墓だろうがなんだろうが関係なく道は続く
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しかしまあ仮にこの道が正しい山の辺の道だとしても、人様のお墓の前を観光気分で通り抜けるのは少し気がひける。
ひけるが道はここしかなさそうなので、墓地に差し掛かった場所で軽く一礼し、すみませんが通らせてもらいますよという気持ちで墓地を通り抜けた。
抜けると右手に念仏寺の山門があり、反対側には結構デカくて大体1.5頭身の小坊主石像が立っておる。

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この写真はこの先の進む方向をわかりやすく示す趣旨で撮った写真(画角)じゃから、この巨大1.5頭身小坊主の左半分しか写っとらんが、写真を取る際きちんと顔認証されているのにはまいったね。

ちなみにこっちの看板に書かれている坊主は
リアルさにかけているようで認証されなかった
少しかわいそうだと思う
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顔認証1.5頭身小坊主を通り過ぎると「最古の御社 大和神社御旅所」と書かれた立て看板が見えてくる。

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大和神社(おおやまとじんじゃ:奈良県天理市新泉町306:0743‐66‐0044)は、あの戦艦大和を守護する神社として有名であり、ここから北西方向のだいぶ離れたところにある。
ワシゃ大山祇命が好きになった結果、その他神社にも興味を持つものじゃ。
じゃからこの御旅所(おたびしょ)というのを以前にもいくつか見たことはある。
文字面的に、神社に参拝するVIPが泊まる宿泊施設のようなもんじゃろうと考えていたんじゃけど、今回気になって調べてみたら、
「神社の祭礼(神幸祭)において神(一般には神体を乗せた神輿)が巡行の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす」(Wikipediaからのコピペ)
ということらしい。
要するに人ではなくて神様の休憩所もしくは宿泊所ということじゃね。
とは言っても神輿を担ぐのはあくまで人なので、実態としては担ぎ人の休憩・宿泊施設だったんじゃろうとは思う。
色々勉強になったり考えることがあるなあ。
先に進むと、道の右手に三角形みたいなちょっと独特な形をした休憩所があって、山の辺の道ウォーカーご一行様が休憩しとる。
ほんに休憩所が充実しとる散策道じゃなあと思う。
ワシはそのまま通り越し先に進むと、柵で道が封鎖されとるところに出た。

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手前の道標を見るとこのまま直進するのが正規ルートのようじゃが、その直進方向が柵で遮られとる格好じゃ。
柵に近寄って見ると、迂回路を指し示す貼り紙が掲示してある。

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ここを直進せず一旦右に回り込んでこの道をまさに迂回して巻くようにして向こう側に出なさいという指示じゃ。
ワシは更に柵に近づいて迂回を強いられる事情を探ってみた。
草ぼうぼうになってはおるが、例えば道に大穴があいとるとか、脇からショッカー等の危険人物が飛びて出てくる仕組みがあるとかそういった状況にはなさそうであり、迂回の理由はいまいちわからん。
しかしまあ迂回路はごく短い様子じゃし、入るなと言われとるエリアに濫りに立ち入って地元民に叱責を食らうのもつまらんのでここは素直に指示に従った。
回り込んで行くと封鎖路の向こう側に出たので、そっち方面からも観察してみた。

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やはり危険な様子は伺えん。
しかも封鎖路のど真ん中に、例の山の辺の道道標さえ立っておる。
うーんなんでだろうなあ。
根拠はまったくないけど何となく、民事的な理由臭いなあ。
例えばここは私道で、しかも権利関係がややこしい状況になっているとかね。
銀行が根抵当で押さえとるとか。
それなのに行政が勝手に山の辺の道認定しちゃって、道標まで立てちゃったんで更に揉め度が増しました。
そんな感じで行政と揉めとる人がおるみたいな。
しかしワシとしては仔細構わず、民事紛争のニオイがほのかに漂う封鎖路をあとにして進むしかない。
使命感に溢れつつ進んでいくと、Kの字を寝かせたような変な形の交差点に出るので、そこを右に曲がって西に進みます。
そうすると、道の南側にある小川と言うか溝と言うかを越えて南に向かう石畳の小道が見えてくるのでそっちに入ります。

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正式な山の辺の道道標の他に、地元民お手製と思われる案内もありますので間違えて直進しちゃうことはなかろうかと思われます。
結構細い、クルマが通ることができない道なんですが、この道はなぜかちゃんとGoogle Mapsに載っている。
これより立派な道がGoogle Mapsに載ってないこともあるんじゃけど、載る載らない(載せる載せない)の基準は那辺にあるのか判然としないなあ。

畑の中を通る石畳を歩くとぐっと下り、東西を通る道にぶつかるのでそこを左(東)に曲がります。
今日の目標地の長岳寺はもうすぐじゃ。
曲がってすぐの道の両側に飲み物の自販機があって、そこにはベンチと灰皿が設置してある。
やれ嬉しや。
長い事禁煙区間が続いたので、ワシは目標値を寸前にしてベンチに腰掛け、缶コーヒーを買って一服つけた。

ベンチに腰掛けて自販機の自販機を撮った
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吸い終わり、飲み終わるとワシは立ち上がって長岳寺の方に歩いていった。
すぐに境内に入る短いスロープ状の通路がある。
良く言えば侘び寂びな感じで趣がある、正直にいえばやや老朽化が進む山門があり、ここが本日のゴールじゃ。
せっかくじゃから山門をくぐると気になる案内を発見した。

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話し方観音?
なんじゃこれは?
良くわからんなりにこの「話し方観音」なるものを拝みたいものじゃと思い境内を暫く探索してみたが見つけることは出来んかった。
帰宅後調べてみたら、関西言論科学研究所所長だった金井金子郎氏の銅像とともに立つ観音像のようで、関西言論科学研究所公認観音だけあってお参りすると喋りがうまくなると言われてるみたいです。
ワシゃ毎日、関西弁と言うか奈良弁に攻め込まれ続けとるので、いつか一矢を報いるためにも再訪してお参りせにゃならんじゃろうと思う。

さて今日はここまでじゃから、いつものごとく桜井線の最寄り駅まで行って奈良まで戻り昼酒を飲むことにしようと思う。

山の辺の道 案内Map

この「山の辺の道 案内Map」ですが2024年6月18日現在、iPhoneで閲覧した場合、ルートを示すラインが縮尺により見えたり見えなかったりする不具合があるみたいです(ios17.5.1:Googleマップ6.120.1)。
とは言っても原因も直し方もわからんし、そもそも多分ワシのせいでもないので勘弁してくだされ。
心眼で見てくだされ。
PCの場合、Google ChromeであればWindows環境でもMac環境でも問題なく見ることは出来てます。

2024年7月6日土曜日

温泉に行かない日(538) 山の辺の道(13) 石神神宮➔長岳寺(3)

雨が上がったはいいけど、代わりに少し蒸し暑くなってきた。
ワシももう若くない故、熱中症には気をつけねばならん。
直接的な暑さよりも湿度のほうが熱中症を引き起こす要因として強いと聞くので、この先天候や体感温度、湿度に応じてちゃんと水分を摂ろうと思う。
乙木町公民館のところをクランク状に東、南と折れて道幅があまり広くない舗装路を行きます。
軽トラであれば余裕で通れる道幅で、実際2台ほどの農家軽トラが後ろから来たりしました。
この辺の人は皆穏やかな性格のようで、いずれの軽トラもワシが気づくまで静かにゆっくりついてくる。
この辺を歩くのであれば、たまさかには後ろを確認し、軽トラが静かについてきてたら速やかに道を譲るようにするがよろしかろう。

道の右側(西側)に店があり、屋号を見るとせんぎりや(奈良県天理市乙木町236)とある。
店構えはまあまあ立派じゃが基本無人販売のようで誰もおらん。
道端でたまに見る貯金箱形式の料金箱もある。
メインの商材は屋号の通り千切り大根ののようでたくさん売っとる。
ワシ千切り大根はあまり好きではないので無視して通り過ぎようとしたんじゃが、店の掲示にビールも贖っとる旨があったのでちょっと中を覗いてみた。
驚いたことにここは無人販売所と言うだけではなく無料休憩所としても機能しておって、更に驚いたことにコーヒーを無料で飲んでいいとも書いてある。
豪気な店じゃ。
ビールは冷蔵庫に入って冷えており、それも貯金箱形式の料金箱にお金を投入すれば買えるシステムじゃ。
千切り大根以外にも農産物関係の商品も置いてある。
全面的に人類を信頼し(過ぎ)たこの店のコンセプトやシステムにワシは吃驚したためすっかり写真を撮り忘れたが、Google Mapsで見れば詳細を確認できるよ。


むうん、すげいなあと感じ入った次第じゃし、喉も乾いていたので水分補給の代わりにビールでも飲むかとも思ったが、酒は水分にはならないと聞いておるのでここは我慢じゃろう。
今日の行程がすべて終わるまで、我慢じゃ。
とにかくこの店は山の辺の道を歩くにあたって、絶対外せない店と言っても過言ではない。
是非お寄りなされ。

せんぎりやを過ぎて見通しの良い畑や田んぼの中の道を南進すると県道267号横川三味田線との交差点に差し掛かる。
道標を見ると、南にまっすぐ進むのが山の辺の道とわかるが、東に入ると竹之内環濠集落というのがあると書いてある。
環濠?
初めて見る単語じゃけども、濠(お掘り)が環状に掘られておるという意味じゃろう。
このあたり、畑や田んぼが広くあるのでこれはきっと村落を巡るように掘られた農業用水のようなものじゃろうと思い興味をそそられ、また、トイレも有るようなのでちょっと寄ってみることにした。


トイレから出て脇にある説明文を一読するとワシの想像は外れていて、環濠とは農業用の水路ではなく、敵からの攻撃を防御する目的で掘られたものらしい。
となると、本質はお城のお掘りと同じ機能ということなのかな。
トイレから少し北方向に歩くと、残っている環濠の一部を見ることができます。
また山の辺の道の開けたところはどこもそうじゃが、ここも西方面に視界が広がっており眺めが良い。

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一番右端に写っとるホイップクリームがツンと立ったような形状の立派そうな建物はやはり天理教関係なんじゃろうなあ。

再び南進していくと、左手(東側)にまたもや無料の休憩所がある。
先程のせんぎりやとは異なり、山の辺の道でよく見かけるタイプの、オープンエアでお手製のベンチがあるだけの簡易な休憩所じゃ。

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ここもそうじゃが天理より南側の山の辺の道は本当に休憩所が多い。
その殆どが地元住民がセルフで拵えたもので、これは山の辺の道を歩く人に休んでほしいという気持ちとともに、自分たちもこの道を誇りに思って大事にしたいという気持ちももちろんあるじゃろうと思う。
ただ気になるのは、ベンチの裏手に立っとる案山子じゃ。
見ると周りは畑じゃから鳥類を追っ払いためにも必要なアイテムなんじゃろうと思ったけど遠目から見ても妙にリアルに見える。
で、近づいてよく見たらリアルなのも当たり前で、マネキン人形を利用した案山子じゃった。

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しかも利用しとる部位は頭部だけであり、頭から下は大変細くシュッとしとる。
目は笑っておらず、虚空を見据えておる。
おそらくは棒の先にマネキンの頭部だけ取り付けて胴体部分は古着で繕っとるんじゃろう。
昼間じゃからいいけど、夕刻以降にここを通りがかった山の辺の道ウォーカーがこれを発見したら人によっては腰を抜かすかもしれんなあ。
怖いマネキン休憩所をあとにして歩くとまたもやすぐに休憩所。

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こちらは公的機関が設置したもののようで、トイレこそないものの水飲み場もあって立派なものじゃ。
いまんとこ休憩の必要性は感じないもんじゃからそのまま先を進む。
途中、道端に次郎柿の無人販売所があったがまだシーズンではないので中は空っぽ。
ちなみに次郎柿の原産(っていうのかな)は静岡県浜松市浜北区(旧浜北市)のあたりでワシんちの近くじゃ。
それこそ秋にもなればそこここで次郎柿が売られとる。
またもや浜松の雰囲気をわずかに感じることができた。

萱生町集荷場(奈良県天理市萱生町)や水道ポンプ場のあたりは、またもや萱生環濠集落(奈良県天理市萱生町)で、この辺にはいくつか環壕集落がある模様。
ポンプ場の周辺には西山塚古墳を取り巻くように溜池がいくつかあるが、これらは溜池ではなくて環濠の跡なのかもしれん。
今回はパスし先に進む。
夜都伎神社からだいぶ歩いてきて時間が経過したので、道がハーフウェットというかハーフドライと言うか、だんだん乾いてきた。
その分湿気が増えて蒸し暑さが少し増してきた感じじゃ。
五社神社(奈良県天理市中山町)まで来て道標を見ると、ここから東の方に継体天皇皇后のお墓である衾田陵(ふすまだりょう:奈良県天理市萱生町183)があると書いてある。


地図を見るとなんだか途方もないデカさの古墳らしいのでちょっくら眺めてみようと集落を東に抜ける道を行ってみた。
迂闊にも写真を撮り忘れたんじゃが、道をどんつきまで進んでいくと田んぼが広がっており、その先に木々が茂る大きな古墳があったなあ。
あまりにデカすぎてとても古墳に見えない。
ワシゃ幼少の頃少し古墳に興味があって本で調べたりした時期もあったがそのうち興味がなくなってそれまでになっとる。
今は興味も何もないけれど、やはりこれだけ(ここにはあまり書いとらんが)次から次へと古墳が現れてくると、さすが奈良じゃなあと思わざるを得ないなあ。
これから先、気軽に見学できる古墳があったら是非見てみようと思った。

山の辺の道 案内Map

この「山の辺の道 案内Map」ですが2024年6月18日現在、iPhoneで閲覧した場合、ルートを示すラインが縮尺により見えたり見えなかったりする不具合があるみたいです(ios17.5.1:Googleマップ6.120.1)。
とは言っても原因も直し方もわからんし、そもそも多分ワシのせいでもないので勘弁してくだされ。
心眼で見てくだされ。
PCの場合、Google ChromeであればWindows環境でもMac環境でも問題なく見ることは出来てます。

温泉に行かない日(537) 山の辺の道(12) 石神神宮➔長岳寺(2)

遠くから響いてくる運動会的鬨の声を聞きながら道路開通碑と山の辺の道の道標が立っとる丁字交差点を右(西)に曲がった。
なんの声じゃろうと地図を見てみると少し西の方に天理里親野球場・天理里親競技場(奈良県天理市杣之内町187)ってのがある。
今日はお休みじゃし、信者のみなさんがそこで運動会でもしとるんじゃろう。
元気で何よりとか呑気なことを考えながら一見果物の選果場に見える園原町公民館を過ぎてほんの数十m歩いたあたりで一天俄に掻き曇り、急に大粒の雨が降ってきた。
慌ててボディバッグから傘を取り出したが、それは先日ユニクロかどっかで買った折りたたみの小さなものでこの大雨にはとても耐えられそうにない。
数十秒前に通り過ぎた園原町駐車場の駐車スペースにはかなり大きな屋根がかかっとったから、一旦そこに逃げ込むのが吉じゃろう。

雨が降り出す直前の園原町公民館(やや右手の白い建物)
大きな屋根があるぞ
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小走りで数十m後戻りをして、公民館前の大きな屋根の下に避難した。
そこで雨宿りしとる間にも雨はじゃんじゃん強さを増して、さっきまで乾いとった道に雨粒が叩きつけられて見る間に濡れていく。

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雨が上がるまでここで待つしかないじゃろう。
とは言ってもこりゃ当分やみそうにもないなあと思いつつ、いけないと思いつつもポシェットからタバコを取り出して一服した。
いつの間にか天理教関係の鬨の声も止まってしまっとる。
そりゃそうじゃろうこんな大雨じゃもの。
大きな屋根の下で雨宿りをしとるんじゃけど、雨の強さに加えて少し風もあるため少しながらじゃけど奥の方まで吹き込んでくる。
タバコを吹かしつつすっかり濡れて一部川のようになってきた道を眺めたり、観天望気をしてみたりしとると、石畳の激坂方面から歩いてくる西洋系外人グループ4人組が強雨の中、傘もささずに呑気に歩いてくる。
まあ、傘も持ってなくて雨宿りする場所もなければ結局歩くしかないじゃろうし。
そんで一旦ずぶ濡れになってしまえば濡れたまま更に歩くしかないじゃろうしな。
ワシも同じ立場じゃったらこの者たちと同じようにずぶ濡れになって歩いたじゃろう。
そういう意味ではワシゃ運が良かった。

公民館の扉のところにはオンデマンドタクシーの案内があって、雨が止まなければ最悪それを呼んで最寄り駅まで戻ろうかなどと考える。
近隣住民しか使えない可能性もあるけど。
なんだかんだ言ってそこには30分以上滞留していたが、しかし止まない雨はない。
雨はだんだん弱くなって小降りと言って差し支えない程度になってきた。
この程度ならユニクロ貧弱傘でも何とかなりそうに見える。
そしていつの間にか天理教的鬨の声も復活しとる。
ああいった運動会の場合、何らかの根拠で再開するじゃろうから、その意味でももう良さそうじゃ。
よし、先に進もう。
少雨の中傘を指して、とりあえずはもう少し先にある夜都伎神社(奈良県天理市乙木町765)を目指すことにしよう。

歩きを再開して峠感が全く感じられない園原峠のところを左(南)に曲がったところで、予想に反してまたもや雨脚が強まってきた。
ズボンの裾がまあまあしっかり濡れるぐらいの強さじゃ。
むうん、と思いつつ道端の農機具小屋の小さな屋根に再度避難。
少し先には夜都伎神社の社叢と思われるものがあるのに、この雨ではちょっと無理。
農機具小屋では結局10分程度雨宿りをして、雨が少し弱くなってきたタイミングを見計らって夜都伎神社に向かった。
う〜ん、通常であれば先程の園原町公民館から夜都伎神社まで10分もあれば到達できる距離じゃが、実際には1時間かかってしまったが、とにかく夜都伎神社に到着した。

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夜都伎神社境内に入ると、既に何人か雨宿りをしとる。
明らかに山の辺の道歩きを目的にしたグループじゃろう。
その者たちに混じって、どうも地元在住と思われるおっさんもおって山の辺歩きグループの面々にこの神社の説明をしとる。
ダラダラと説明しとったがその内容を要約するととどのつまり、
「この神社はやはり茅葺屋根が素晴らしい。茅葺屋根じゃなかったら夜都伎神社じゃない」
「管理や葺き替えが大変じゃからやめろという話もあるがワシはだめじゃと言っとる」
ということになる。
それを繰り返し皆に話しとる。
皆もそれにふんふんと頷きながら殊勝に聞き入っとる。

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確かに立派な茅葺屋根の拝殿(もしくは舞殿かなあ)であり、氏子さんたちの愛情と熱意、それと苦労は大変なものなんじゃろう。
しかしそのことは何回も言わなくても一回でわかるからねと内心思いつつ、繰り返し説明の矛先がワシに向かって来ないよう念じておったがその願いも虚しくおっさんはワシの方に向き直り、
「最近は茅の入手も大変でさあ、若い人もいないから苦労してるんだ。氏子10人くらいしかいないし」
というようなことを奈良弁で繰り返しワシに説明攻撃してきた。
雨のシャワーからは逃れたものの、おっさんの奈良弁シャワーから逃れることはできん。
ワシは滅多打ちを食らう格下ボクサーのように、おっさんの説明シャワーを浴び続けておったんじゃが、おっさん出し抜けに説明をやめ、藪から棒に骨がひん曲がったボロボロのビニール傘を広げて、
「あ、もうやむからワシゃ行くわ」
と言い残して風のように去っていってしもうた。
うん、確かにやんできた。
それからもう少し様子を見て、よしこれは大丈夫じゃろうという雰囲気になってきたため、ワシは傘をボディバッグに仕舞って夜都伎神社をあとにした。

© ill-health(ruephas) 2024

やあ、だいぶんに時間を食ってしまったが、雨はもう降らんじゃろう。
ワシは濡れた道を先に進んだ。

山の辺の道 案内Map

この「山の辺の道 案内Map」ですが2024年6月18日現在、iPhoneで閲覧した場合、ルートを示すラインが縮尺により見えたり見えなかったりする不具合があるみたいです(ios17.5.1:Googleマップ6.120.1)。
とは言っても原因も直し方もわからんし、そもそも多分ワシのせいでもないので勘弁してくだされ。
心眼で見てくだされ。
PCの場合、Google ChromeであればWindows環境でもMac環境でも問題なく見ることは出来てます。

2024年7月5日金曜日

温泉に行かない日(536) 山の辺の道(11) 石神神宮➔長岳寺(1)

石上神宮まで達した翌週の2024年6月2日、ワシはまたもや桜井線に乗って天理駅まで行き、徒歩で再び石上神宮へ。
今回はちょっと遅めで、こけこっこ~の鳴き声を背後にして石上神宮を9時30分スタート。
なんで遅くなったんだろ、覚えてないけどまあいいや。
この日は曇っていてやや涼しく、歩くにはちょうどいいかもしれない。
石上神宮からは石上神宮外苑公園(奈良県天理市布留町113-1)の東の端っこの地図にない道を暫く歩きます。

© ill-health(ruephas) 2024

名称不明の溜池を通り過ぎるとすぐに舗装路に合流。
一旦左(東)に曲がってすぐさま右(南)に進みます。
このあたり、何の出来事も出会いもなくただ普通に歩くだけの区間。
白山神社を通り抜け、道祖神を通り抜け、国道25号線天理トンネル付近を通り抜けてとにかく歩く。
本日は出発直後からガイジン2人組がワシと同じように歩いとって、ワシを抜いたりワシが抜かしたりしとった。
この話の本筋とは全く関係ないが、ワシの現在の職場は東大寺境内にあって、毎日津波のように押し寄せてくるガイジン客、特に大陸系のガイジンさんに辟易しとる。
この2人組はどっちも若者で中国語のような言葉を発しとる。
しかし雰囲気的に大陸系ではなく島国系だと思われる。
大変静かな喋り方で、なにか資料のようなものを確認しつつ穏やかに歩いとる。
我が職場横に訪れるガイジン共も、このふたりを見習って静かに観光してもらいたいものじゃと思う。
大陸系は本当にうるさくて傍若無人で嫌になるんじゃよね。
まあよい。
正面に溜池のようなものが見えてきて、このあたりにある他の溜池とはちょっと異なった柵がぐるりと設置してある。

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厳重ではないというか、公園的なというかそんな雰囲気の柵。
件のガイジンさんは池の周辺をじっくり見たりしとったがワシ的には観光的史跡的な感じを受けなかったんでそのままパスしたんじゃが、後で見てみたらこれは溜池ではなくて内山永久寺跡(奈良県天理市杣之内町)という史跡じゃった。
かつてはかなりデカいお寺じゃったが、例の廃仏毀釈の煽りを食らってお取り潰しになったお寺とのことじゃ。
廃仏毀釈は全くケシカラン!
ちなみにサクラの名所らしいです。

マムシに注意とか書かれた注意看板があり、もしマムシにやられたら飛び込める血清持ってそうな病院はどこじゃろかとか考えながら地図にない道に入った。

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此処から先も暫くは観光名所とか史跡とかはない区間じゃ。
強いていうと、少し西の方に笠神山古墳(奈良県天理市杣之内町)とか杣之内火葬墓(奈良県天理市杣之内町)ってのはあるけど、山の辺の道からは行けない場所にあります。


この辺も依然として柿の産地らしくて、柿園っていうのかな、柿の畑というかそんな場所もあり、そこに植わっとる柿の木をよく観察すると、まだ子どもの柿があったりする。

© ill-health(ruephas) 2024


© ill-health(ruephas) 2024

秋に来たら美味しい柿を食べれたり、柿を使った食品を購入できるかもしれん。
秋にまた来ようと思う。
とはいえ基本的には特にイベント的な出来事も見るべきポイントもない道で、歩いていくと地図にある道に合流。
Y字の分かれ道みたいになっていて、その分かれポイントに衛星放送のパラボラアンテナが立っとる。

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なんでこんなとこにこんなもんが立っとるのかなあと思って近づいてよく見ると、

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手書きのかわいいネコのイラストとともに「ネコ坂」という文字が書かれておった。
ネコ坂?
この先には坂があって、そしてその坂にはネコさんがたくさんおるんじゃろか?
ワシゃ、やぎさんが大好きじゃがネコさんも好きじゃ。
こりゃワクワクするなあと思いつつネコ坂方面にワシは進んでいった。

と、確かに坂になった。
石畳の坂で、そしてだんだん勾配がきつくなってくる。

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この写真でわかるかなあ。
先に行くほど勾配が急激にきつくなってくる感じ。
こりゃもし今雨が降っとったらすってんころりんしちゃうなあと感じるくらいの急勾配。

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この写真のかなり奥の方に黒い点が見えるけどこれは実は人で、この急坂を登っとる。
しばらくしてこの人とすれ違ったんじゃが、結構なフル装備をした一見健脚家に見えるこの人でさえ、すれ違うときは青息吐息じゃった。
ワシはこの人に「こんちは~」と挨拶したんじゃが、先方は苦しげに会釈するのが精一杯のようで、無言のままゆっくり登って行ったのじゃった。
ワシは転げ落ちんよう慎重に歩を進めていって、転ぶことなくこの坂を下りきることが出来たのは幸いじゃった。
Google Mapsによるとこの坂はネコ坂ではなくて石畳の激坂という名前になっとった。


残念ながらネコさんには出会わなんだ。
少し悔しい。
激坂ネコ不在坂を降りきったところは右に曲がってすぐさま左。
天理観光農園(奈良県天理市杣之内町183:0743-66-1663)の横にあるトイレに寄って空を見上げると、なんだかちょっと怪しい感じの雲行きじゃ。

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とはいえすぐに降り出す様子もないので、まあしばらくは大丈夫じゃろうと踏んで先に進んだ。
天理観光農園を過ぎると丁字交差点がありここは右に曲がって西に進むのが正解。
地図を見るとこのちょっと先に園原峠というのがあり、ここから見た感じでは峠感はゼロなんじゃけど兎に角そこを左に入って南進するのが正しいルート。
で、そこに向けて歩き出したところで、天候が激変したわけじゃ。

天候激変ポイント

山の辺の道 案内Map

この「山の辺の道 案内Map」ですが2024年6月18日現在、iPhoneで閲覧した場合、ルートを示すラインが縮尺により見えたり見えなかったりする不具合があるみたいです(ios17.5.1:Googleマップ6.120.1)。
とは言っても原因も直し方もわからんし、そもそも多分ワシのせいでもないので勘弁してくだされ。
心眼で見てくだされ。
PCの場合、Google ChromeであればWindows環境でもMac環境でも問題なく見ることは出来てます。

2024年7月4日木曜日

温泉に行かない日(535) 山の辺の道(10) 白川ダム➔石神神宮(3)

未踏の道を行って戻ったワシは続きを歩くことにしました。
再開ポイントからはいきなり地図にない道になります。

軽トラの左に見える道が山の辺の道
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写真では影になっとって分かりづらいが、東側を通っとる山側の細い道のほうが山の辺の道じゃ。
ちゃんと道標があるから間違えることはないです。
此処から先しばらくは「ザ・山の辺の道」という雰囲気で、枯れ葉と木漏れ日が落ちとる道をいい気分で歩ける区間じゃ。
道を歩いとると東の山の中というか林の方からなにか「うぎゃ〜!」「ぼへ〜!」というような修行系の雄叫びみたいなのが聞こえてきて何じゃろうと思ったが、そっち方向には天理教青少年育成広場(奈良県天理市豊井町)なるものがあるので、そこで自己鍛錬に勤しむ若人の声じゃろうと思う。
一方西側には相変わらず天理教の詰所群が立ち並んでおる。
そんな道をトコトコ歩くわけじゃ。
クルマが通るはずもない道じゃから呑気に歩けるのがとにかくいいです。
野道になったり、石畳の道になったり、側溝の蓋の道とかどんどん道の相が変わっていくのも楽しい感じじゃ。

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そのまま歩いていくと道が直角に南に折れるんですが、そのへんに神社発見。

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豊日神社(とよひじんじゃ、若しくは、とよいじんじゃ:奈良県天理市豊井町602)という神社で、狭い境内(本殿は急な石階段の上の方にある)には天満宮と彫られた古い石灯籠があるので祭神は菅原くんと思われる。

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社号は当然このあたりの地名である豊井町と関係しとるんじゃろう。
しかしワシ、前にも書いたかもしれんけど天皇含めた実在系の祭神があんまり好きではないので、ここは軽く参拝してそのまま先に進んだわけじゃ。
そしたら拝殿のすぐ先に由緒書きがあるので読んでみたらこりゃびっくり、ワシが信奉する大山祇命の名前が書かれておるではないか。

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まあ先程の石灯籠とかも含めて考えれば、主祭神は大山くんではなくて菅原くんで、大山くんは近所から合祀されたんじゃろうと思うが、由緒書きにはそのへんのことは触れておらず、おそらくは郷土史家が書いたその由緒には豊井や豊日がどうした、菅原くんは多分主祭神ではないとかどうとか、ワシにとってはまあどうでもいいことしか書いておらん。
一行でいいから大山くんがここにおる由緒を書いてくれ、などと思いつつ後戻りして、今度はちゃんと参拝した次第じゃった。
ちなみにこの神社のメインの鳥居は道が直角曲がりするとこではなく、この由緒書きのところにある方じゃと思うので、ご参拝の際の参考にしてくだされ。

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南に進んでいくとそのうち舗装路にぶち当たるのでそこで左(東)に曲がりすぐさま右(南)に入るのがルート。
そのへんに天理教 白羽大教会信者詰所(奈良県天理市豊井町222-2)ってのがあって、敷地を見るとどうやらここは浜松方面信者の詰所らしく見える。

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駐車場には浜松ナンバーのクルマも停まっとる。
白羽というのは浜松の南、砂丘で有名な遠州灘のちょっと北側にある地名なので、多分それじゃろうなあ。
わしゃ奈良に引っ越してきた以来、浜松関係の雰囲気を感じたのは初めて。
浜松から来た人と話したりとかはもちろんなく、浜松ナンバーのクルマもいっかな見たことはない。
じゃから少し懐かしい思いでこの詰所を眺めたわけじゃな。
一瞬、何なら今度泊まってみようかなと思ったがワシは別に信者でもなく、これから入信するつもりもないので勧誘されたらこれはそれで面倒な話。
泊まることはないだろうなあ。
ちなみに調べてみたら、天理教信者じゃなくても詰所に泊まるのは可能で、料金は1000円とか2000円とかみたいです。
止まりたい場合は各詰所ではなく、天理教本部に相談するのがいいという情報もあります。

その白羽詰所のところを南(右)に曲がって暫く行くとコンクリの橋に出ます。

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布留の高橋(ふるのたかはし:奈良県天理市豊井町222)という橋で、Google Mapsでのカテゴリは「観光名所」となっとる。
観光名所となると、古い木造の太鼓橋かなにかかなあとここに来る前までは思ってましたが、単なるフツーの何の変哲もない橋でした。
はりまや橋もしくは札幌時計台的な、有名ではないもののなんちゃって観光スポットですな。
その橋からハタノ滝というのが見えるのが唯一の観光要素かなあ。

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あ、書き忘れてましたが白羽詰所から先しばらくは地図にない道です。
道標がありますので迷うことはないですけど。
特に深い感動もなく橋を渡り、滝を見やり、木陰の小道を抜けると地図にある舗装路に合流します。
当たり前だけど日陰のない舗装路は直射日光と路面からの輻射熱で暑くて不快。
しかしそれは仕方ないこと。
これもまた現代の山の辺の道というもんじゃろう。
その舗装路は長くは続かず、すぐにY字の分岐に出て山林に向かう野道に入ります。

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ここから石上神宮はすぐそこのはずだけど、まず出てくるのは祓戸神社(奈良県天理市布留町347)。
二本の石柱があってそれを注連縄で繋いでいるというこの辺で時々見かけるパターンの鳥居?形式。
ただし一般人はご禁足のようで、立入禁止の札がぶら下がった鎖で封鎖されとる。
石神神宮の境内社という扱いなのかもしれん。
そこからさらに少し歩くとけたたましい鶏の声が聞こえてきて、これ即ち石神神宮の鶏ですな。
伊勢神宮にも鶏がおるが、神社と鶏は相性がいいのかもしれんなあ。
右手に長生殿という赤い建物が見え、そのすぐ先に石神神社の入口がある。

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左手の少し登ったところには国宝の門がある(立入禁止)。
とりあえずここ石上神宮が本日のゴール。
神社の脇に東屋があって、そこに山の辺の道の道標がある。
山の辺の道はここから更に南に向かって続いておることがわかる。

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本日はここまでとしてワシは天理駅方面に歩き、篦棒に長い商店街を通り抜けて駅に出て、そこから桜井線で奈良駅まで戻ることにした。
時刻は午前11時2分。
奈良まで戻って昼酒を嗜むには最上の時間じゃなあ。
奈良駅に着いたワシは歩いて近鉄奈良駅方面に向かい、小西通りと三条通の交差点にある奈良スタンド ヤマトモダン(奈良県奈良市角振町24-4:050-5493-7569:土日12:00~23:00:平日15:00~23:00)に吸い込まれ、吉野天然鹿のロースハムをつまみに昼酒を食らったのであった。

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山の辺の道 案内Map

この「山の辺の道 案内Map」ですが2024年6月18日現在、iPhoneで閲覧した場合、ルートを示すラインが縮尺により見えたり見えなかったりする不具合があるみたいです(ios17.5.1:Googleマップ6.120.1)。
とは言っても原因も直し方もわからんし、そもそも多分ワシのせいでもないので勘弁してくだされ。
心眼で見てくだされ。
PCの場合、Google ChromeであればWindows環境でもMac環境でも問題なく見ることは出来てます。

2024年7月2日火曜日

温泉に行かない日(534) 山の辺の道(9) 白川ダム➔石神神宮(2)

天理教関係の施設(詰所っていうんですか)が林立する大きな道を、道標探しながら歩いとると、大きな丁字信号交差点の目立たないところに一本の地味な道標っぽいやつを発見。

歩道脇の植込にひっそり立つ道標
目立たんなあ
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見ると、基本東海自然歩道の道標なんだけど、「山の辺の道  北コース」と書かれた表示があとから追加されとる。
その矢印は東に向いとる。
北コースっていうことは、おそらくこのコースではない本来の山の辺の道がここから東方向に別に存在すると思われる。
うーん、となると県道51号線に合流したポイントからここまでの途中で、どこか左(東)に折れる道があったはずじゃけど、記憶の限りではそのような道標は見当たらんかった。

東海自然歩道の道標から矢印が指し示す東方向を撮った写真
この先に本来の道がある模様
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ならば、矢印に従い東に歩いて本来の山の辺の道に行き、そこから逆戻りしてどこで間違ったかを確認しようと決めた。
横断歩道を渡って東に歩き、天理大学の学生寮と思われるデカい建物を横目にしながら坂を登っていくと、道標があった。
左(北)に行くと豊田城跡(奈良県天理市豊田町)、右(南)に行くと石上神宮(いそのかみじんぐう:奈良県天理市布留町384)と書いてある。

おおこれこそが正統派道標
安心感に溢れとる
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ポケットからiPhoneを取り出してそれぞれの位置を調べてみると、豊田城跡は県道51号線との合流地点からほぼ真東方向にある。


ううむ、そうか。
この位置関係だと、県道との合流地点から比較的すぐ、東に入る道があったに違いない。
クソ、と思いながら本道を北に向かって戻り?始めた。
戻ると行っても初めて歩く道なんじゃけどね。
歩き始めは、林間をいく山の辺の道によくあるパターンの、枯れた落ち葉に溢れた道。
道の左側には相変わらず天理教の大きな施設が並んどる。

南方向を撮った写真
右手に見えるの立派な建物が天理教の施設
詰所かな?
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この宗教についてはよくしらんけど、教義的には穏やかなものだとは聞いておる。
天理市だから天理教なのか、天理教だから天理市なのかはわからんけど、これだけの施設があるということは大変大きな宗教法人なんじゃろうなあ。
などと言うことを考えつつ、今までとは打って変わって北の方向に歩みを進めた。
基本野道というか山道っぽい道の相なんじゃけど湿っていたりしてちょっと歩きにくい感じ。
途中ヘビを踏んづけかけたりした。
そんな道だけども道標はしっかりあって林というか山に迷い込むような心配は皆無なのがありがたい。

殆ど獣道だけど道標はきちんと設置されとるよ
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少し歩きにくい野道(ハイヒールでは無理な程度)をしばらく歩いているとだんだん開けてきて、畑の中を通る道に変わり前方が見えてきた。

あ、ここってあそこじゃんか!

東海自然歩道の道標があったけど山の辺の道についての案内がないので直進したとこだ。

左手にある小屋の更に左に注目
こりゃ気づかんわ
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これ、前のポストで出した写真じゃけど、よ~~~~く見ると写真左側に山の辺の道の道標があるのがわかる。

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Google Maps見てもらえばわかりますけど、天理環状線(県道51号線)に合流後はほとんどの人は環状線の西側を歩くと思います。
なぜなら合流点には横断歩道はなく、環状線はそこそこの交通量があり渡る(いわゆるJ-Walk)のは危険だし、立派な歩道もあるから合流後はそのまま西側の歩道を歩くのがどう考えても自然な流れ。
しかし西側歩道には山の辺の道の道標はなく、途中にある例の道標はこのまま真っすぐ行けば東海自然歩道だよというもの。
上の写真の山の辺の道の道標はその向かいに立ってるんだけど、なかなか発見しづらい感じで立ってるんですよね。
東海自然歩道の管理者は国交省かなあ、で、山の辺の道は各市町村とかその観光協会で異なるとは思うけど、東海自然歩道の道標に「山の辺の道はこっちだよ」という感じの表示を追加したほうがいいと思うぞ。
とにかくここから豊井町までの区間は最高につまらん区間だしね。

間違いポイントと間違い理由を確認できたワシはチッっと舌打ちをして、今歩いてきた道を歩いてまさに戻っていったわけじゃった。
戻りながら思ったのは、本来の道のほうがちょっと歩きにくい道なので、この区間のみはワシが間違って歩いた何ていうんだろ、西コースを設定してるのかもしれんなあということじゃなあ。
実際戻る途中でも1回ヘビ踏んづけかけました。
ヘビにはご注意のほど。

ということで、豊田町から豊井町にかけての間違いルートに関する内容でした。
しかし本日の目標である石上神宮はまだまだ先なのであった。

山の辺の道 案内Map

この「山の辺の道 案内Map」ですが2024年6月18日現在、iPhoneで閲覧した場合、ルートを示すラインが縮尺により見えたり見えなかったりする不具合があるみたいです(ios17.5.1:Googleマップ6.120.1)。
My Maps特有の現象だと思われます。
とは言っても原因も直し方もわからんし、そもそも多分ワシのせいでもないので勘弁してくだされ。
心眼で見てくだされ。
PCの場合、Google ChromeであればWindows環境でもMac環境でも問題なく見ることは出来てます。