2020年4月28日火曜日

温泉に行かない日(四百四十四) 顔当ては儂にとって単なる免罪符

儂が手持ちの外科手術用顔当ては残り百五十枚。
緊急持ち出し袋に二箱入っとったのが奇跡的に発見された。
従って当面はなんとかなる。

ところで「顔当ては不要か必要か」についての論議が世間では喧しい。
専門家にしても儂ら平民にしても、意見は鋭く分かれているようじゃ。
そういった現段階での情報をもとにして顔当てについての今後の趨勢を考えるならばじゃ、そんなむつかしいことは儂にはわからんというのが答えじゃ参ったか。
以下は儂の個人的意見じゃから決して信用してはならんが、儂なりの結論としては「予防の観点から言えば顔当ては、ある事をすれば別にしなくてもいい」じゃ。
まあ読者諸賢ならば「あること」は何かはわかるじゃろう。

顔当ては予防にならない。
これはまあ事実じゃろう。
即ち悪辣極まる武漢濾過性病原体は外科手術用顔当ての隙間を悠々と掻い潜って来るくらいに極く小さい。
従って顔当てをしようがしよまいが、空気中に浮遊しとる悪辣武漢濾過性病原体は口や鼻から入る時には入ってくるから、顔当ては予防策にはならない。

一方、儂らは自宅警備をやっとろうが已む無く外出をせざるを得ない時じゃろうが、必ず何かに触る。
今こうやって米国製林檎印計算機を使ってこれを書いとるが、この鍵盤には数日前に自らがなすりつけた武漢濾過性病原体が付着しとるかもしれん。
外出したらしたで、外出先の手すりや扉開閉梃子や棚などに触らざるを得んわけじゃが、そこには他人がなすりつけた武漢濾過性病原体が付着しとるかもしれん。
そういったところに触った掌に武漢濾過性病原体が付着しとるかも知らん。
しかし、悪辣武漢濾過性病原体が掌についたところでどうということはない。
口や目に入らねばついとってもついておらんでも変わらん。
口や目に入ったら感染する。
顔当てはそれをある程度防止する機能はあるかもしれん。
防止されん可能性もある。
人は出し抜けに嚔をすることがある。
拉麺を食す際、人は胡椒を振りかけるがそれが意図せず鼻に入った際などが良い例じゃ。
そのように出し抜けの嚔をした際、自らの唾液の飛散を防止するという点では有効じゃ

じゃから要するに、予防の観点じゃと兎に角「手を洗え」が必須であり、顔当てはそれより格下の「出来れば」に過ぎないと思うわけじゃ。
勿論するに越したことはないじゃよ。
当然、持っておるならするに限る。
意図せず嚔が出るときもあるから。
でもどうしても外科手術用顔当てが手に入らないとなったら、先ずは手拭などを活用したお手製顔当てなどにより自らが放射する唾液などを防止するとともに、予防的には何より兎に角できるだけ物に触らない、しかし無意識に触ることもあるわけじゃから、兎に角手を洗う。
消毒用酒精がなくても石鹸で手を洗う。
むやみに他人に近づかない。
これが一番じゃろうと思う。

とはいいつつ、こんな儂だって食料を買いに出るときには一応顔当てを装着しておるが、これは単なる「免罪符」じゃ。
顔当てなしで入店すると周囲から白眼視されるのが嫌じゃから一応しとるだけで、意味はないと自分では思っとる。
その代わり、実質的な予防策としては必要最低限のものにしか触れない、食品小売店の便所には絶対に行かない、店に入る前と出るときには必ず消毒用酒精で手指消毒を徹底的に行う、じゃ。
今の所まだ通勤せざるを得ない勤務先でも同様。
便所に入った、会議室に出入りするために扉開閉梃子に触った、兎に角なにかするたびに触るたびに手を洗い消毒用酒精で消毒する。
手首から先は既にがっさがさじゃが、武漢濾過性病原体で無念の死を遂げるのに比べてはどうってことないじゃろうと思う。

いやあしかし、この投稿の枝番は「四百四十四」か。
少しく不吉じゃのう。

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