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2023年10月1日日曜日

プロジェクト "山神社"(87) 山神社

数年前に単身赴任しとった頃に知り合った友達と、スイフトスポーツミーティングをぶちかましてきた。
そのことについては別途書くとして、今回はその際偶然見つけた山神社のことじゃ。
富士市を出発して最初の目的地は雲上かき氷(静岡県富士宮市山宮3362-1:0544-58-7898:10:00〜17:00:日曜定休:かき氷屋さんなんだけど冬もやってる!)。
ふわっふわで美味しいすだちのかき氷を味わってから、次の目的地を確認するためにGoogle Mapsを見てたら、かき氷屋さんから徒歩数分の距離にある山神社を発見した。


ホントならかき氷屋さんにクルマを停めさせて頂いて歩いていきたいところじゃけど、この店は超人気スポットであり(ハイシーズンだと平気で3時間待ちらしい)もうすでにお客さんが結構来ている。
というわけでクルマを置いとく訳にはいかん。
どうすべいか地図とにらめっこしとったが、見ると山神社の反対側へのびとる道がある。
道幅的には、短時間であればクルマを停めて良さそうに見える。


よしなんとかなるじゃろ。
うまいかき氷を食べ終わったわしらは早速クルマを数秒走らせて、現地に着き計画通り素早くクルマを道端に停めた。
しかし迷惑であることは間違いないことなので、素早く参拝せねばならん。

赤い鳥居をくぐり、結構荒れた参道を小走りに上がっていく。

© ill-health(ruephas) 2023

蜘蛛の巣が行く手を阻むので、落ちていた木の枝を振り回しながら進んでいくと簡易な建物がある。
注連縄レス、かつ賽銭箱レス。

© ill-health(ruephas) 2023

かわりに富士山爆発時に飛んできた石(なんていうんだっけ?噴石?溶岩かな?)を積み上げたオブジェのようなものが設置されている。

© ill-health(ruephas) 2023

お賽銭を入れる賽銭箱がないので正面の引き戸を開くと中はガランとしていて、一番奥に噴石が積み上がってていてその天辺にちいさな石祠が祀られておる。

© ill-health(ruephas) 2023

どうやら元々は完全な「祠オンリータイプ」だったんだけど、その後小屋を建ててその中に移したんじゃろう。
わしは財布から小銭を取り出し、小屋の床に転がしてから二礼二拍手一礼を以ってお参りした。
友人はおそらく「なんでこんな荒れ果てて小さな神社にお参りするんだろ?」と思っているに違いないが、山神社を見つけたならば万難を排してお参りする。
それがワシの生きる道。
まあ説明してもわかってくれることはないじゃろうが。

ちなみにこの山神社のすぐ近くには、純粋な富士山信仰で有名な山宮浅間神社があるが、ワシ個人的にはこのような小さな山神社のほうが好きだなあ。

2021年5月23日日曜日

プロジェクト "山神社"(75) 山神社(小國神社 末社)

静岡県森町に小國神社(おぐにじんじゃ:静岡県周智郡森町一宮3956-1:0538-89-7302:駐車場は心配なし)という有名な別表神社がある。
ワシは天邪鬼なんでデカくて有名な神社はあまり好きではない。
じゃからここには過去1〜2回しか行ったことがないが、ひょんな事をきっかけに境外社(かな)として山神社(やまじんじゃ:静岡県周智郡森町一宮)があることがわかったので行ってみることにした。
行く前にザクッとした情報を集めてみようと思ってちょっと調べてみたんじゃが、思うように情報が集まらん。
いつも頼りにしているGoogle Mapsには載っておらん。
それによれば、御祭神は大山祇命とあり「古来より神沢地区の守り神として奉拝されています」と書かれておるがそれだけじゃ。
詳しい場所については一切書かれておらん。
またサイトには境内案内図もあるが、山神社については左下の方に小さく大概の方向を示す矢印が書かれておるのみであり、ズバリの場所は書かれておらず誠に寂しい取り扱いじゃ。
場所のヒントとしては先程の紹介の中に出てくる「神沢地区」がある。
ワシはGoogle Mapsで小國神社周辺に神沢という地名があるかどうか調べてみたが見当たらん。
恐らく昔の字(あざ)名で今は存在しておらんと思われる。
周辺にバス停でもあればもしかして確認できるかと思ったがそれもない(バス停や古い橋等の構造物には、旧字名が残されているケースが結構ある)。
地図ではなく普通の蜘蛛の巣の世界で調べてみると、ズバリとした情報はないがヒントになりそうな個人系ブログサイトは幾つか見つかった。
その一つが、酷道・険道・死道(この業界では所謂ファイアロードってやつかな)愛好家と思われる方の林道探検記
その中に、
小国神社の前を過ぎて、県道280号に入ってすぐに、
林道発見
「林道 神沢線」
なる文章がある。
続いて、
ちなみに、上の写真の橋の名前は、
(橋の写真)
もちろん、「神沢橋」!!
とある。
ははあん、成程。
道路や線路の名前のつけ方には幾つかのパターンがある。
  • 起点の地名をつける(弥彦線【弥彦−東三条】)
  • 終点の地名をつける(武豊線【大府−武豊】)
  • 起点と終点の文字を合わせてつける(米坂線【米沢−坂町】)
  • 旧街道名をつける(東海道線)
  • その他(外房線【千葉−安房鴨川】)
という感じじゃ。
上記はJRの例じゃが、道路の通称も同じようなもんじゃ。
また橋などの構築物は、それがある地名がつけられることが多い。
となると、このブログの人が入った林道 神沢線の入り口が「神沢」という地名(旧字名)である可能性がある。
更に、となると、その辺りに大山くんがおる可能性もあると、ワシはそう判断した。
先程の個人ブログの内容から考えるに恐らく、こんな感じじゃろう。



右下から左上に青い点線が伸びとるが、その起点がさっきのブログで云う所の「小国神社の前を過ぎて、県道280号に入ってすぐ」のポイントで、右上から左下に流れておる一宮川と青い点線が交差するところにあるのが恐らく「神沢橋」。
神沢橋から先で点線は直ぐに途切れ、Google Mapsではその先には道が無いように見えるが、実際には道路が存在しており、その途中のどこかに大山くんがおるということじゃろう。
事実、森町整備計画概要図というのを見ると、Google Mapsに書かれているよりももっと先まで、この林道 神沢線は続いておることになっておる。

ワシは洗車したてで普段より更に真っ黃っ黄になっているスイスポくんに飛び乗り、森町に向かった。
ワシの上記の通りの予想があっているかどうかいきなり試してみる手もあったがそれはやめといて、先に小國神社に行ってご神職の話を聴くことにした。
その話によれば、山神社はだいたいワシの予想通りの方面にありそうなことがわかったが、アプローチの長さが結構ありそうなことと、道が細く荒れていてシビアそうな事もわかった。
そりゃそうじゃろう、林道じゃもの。
クルマ一台何とか通れる荒れた山道をずんずん進むと、右手に山を登る階段がある。
クルマもその階段の辺りに停められる、との事じゃった。
神沢橋近くに小國神社の駐車場があることはさっき通ったときに確認済みなんで、スイスポくんをそこに停めて歩いていくのが無難じゃろう。
その駐車場に行くと、入り口にはこのようなものがたたっておる。

昭和末期くらいまでじゃと
このフォントは近未来の象徴じゃった
© ill-health(ruephas) 2021

手前に立て掛けてある看板の下を見てみると「小國神社〔神沢口駐車場〕」と書いてある。
ここが「神沢」であることはもう確実。
クルマを停めて暫く歩くと直ぐに一宮川に架かる橋がある。

林道神沢線の起点にある神沢橋
橋の下を流れるは一宮川
© ill-health(ruephas) 2021

扁額を見ると確かに「神沢橋」とある。
此処から先はずんずん歩くのみじゃ。
このようなコンクリート舗装の道が続いておる。

コンクリ舗装ってアスファルトより
高いって知ってた?
どうでもいい情報をあなたへ
© ill-health(ruephas) 2021

暫く行くと、2つ目の橋がある。

交通量が極小なせいか
強度的には全く問題ないように感じた
© ill-health(ruephas) 2021

コンクリ製の可成り古い橋で、欄干につけられた扁額は風雨に晒されて殆ど読めん。
昭和37年に出来たことだけは辛うじて分かる。
先に進むと道は森の中に入り、随分と涼しくなりかつ路面が荒れてじとじとしておる。
そして3つ目の橋が現れる。

コンクリ製なんじゃけど何故か江戸の風情を感じる
© ill-health(ruephas) 2021

これまた古い橋で、全体が苔むしておる。
どんどん歩くと、やがて遠くに立て札のようなものが見えてきた。

あ、これじゃこれじゃ
あったあった!
© ill-health(ruephas) 2021

立て札と杭のようなものがあり、その右手に山の上に続く階段が見える。
これじゃろう。
今回は歩いてきたが、もしクルマであれな右への分かれ道のようなスペースに停められるじゃろう。
ワシは立て札と杭に近づいて何が書かれているか見てみた。
だが殆ど何も読めん。

むう…
のっぺらぼう、ここに極まれり…
© ill-health(ruephas) 2021

右の杭の方は中央に微かに「山」と読めるのみ。
左の立て札も極めて厳しい。

全く読めん
© ill-health(ruephas) 2021

この写真は一枚前のやつと比べればわかるが、陰影を可成り強く補正して文字を浮き上がらせようとしておるが、それでも何が書いてあるかが判然としない。
「山」「ネ 」「小國神社」「御神霊」「合祀」等の文字が何とか見えるのみじゃ。
ワシは読むのを諦め、山に続く階段を登り始めた。
先が見えないので、どんだけ登れば到着するのかわからんので不安じゃ。

写真ではわからんじゃろうが
結構な登りなんじゃよ
湿ってて滑りそうだし
© ill-health(ruephas) 2021

しかしまあそんな篦棒なものでもあるまいと思い登っていくと、ありがたいことに直ぐに木の祠が見えてきた。
ああ、あれが地図にない山神社じゃろう。

やあ、存外立派な木の祠じゃなあ
© ill-health(ruephas) 2021

ワシが大山くんに開眼した富士地区なんかだと、こんだけ山ん中にある大山くんちは多くの場合は傾いだ石祠じゃったが、ここのはそうではなく中々立派でそこそこの大きさがある祠で、しかもまだ新しい。
小國神社という大神社の末社ともなれば、本体から離れた山の中にあっても庇護の度合いが高いなあと感心した。
ワシは早速財布から100円(破格じゃ)を取り出してお供えし、二礼二拍手一礼を以て参拝し満足した。

よく見ると、この祠を設置するために山肌をくり抜いて平らな場所を作ったことがわかる。

© ill-health(ruephas) 2021

昔の神沢の人は、この大山くんを大事に末永くお参りするためにこのような事をしたんじゃろう。
また周りがシダ類に囲まれておって独特の雰囲気があるのもいい。
木漏れ日も適度に落ちてきとるから、どんよりした雰囲気でもない。
着くまでが少し大変じゃが、中々いい立地に住んでおるなと思った。

帰宅後ワシは早速Google Mapsにこの大山くん物件を登録申請し、即時に承認された。
誇らしいヨ。


あと小國神社の皆様。
もし余力があるなら、あの立て札を何とかリニューアルしてほしいものじゃ。
是非お願いしたい。
よろしくおねがいします。
なんぼかならば寄進するに吝かではないヨ。


2019年8月12日月曜日

プロジェクト "山神社"(40) 富士市周辺における山神社の偏在

前回・前々回と山神社について書いとって、またもや山神社の話で恐縮じゃ。
そして更に、Japan Knowledge絡みの話でこれまた恐縮じゃ。
Japan Knowledgeなる存在をワシはこれまで全く知らんかったんじゃが、これはそもそも何かと思いJapan Knowledgeサイトのトップページを見たら、
ジャパンナレッジとは
辞書・事典を中心にした知識源から「知りたいこと」にいち早く到達するためのデータベースです。日本語や歴史を深く掘り下げて知識を得られる辞典から、英語だけにとどまらない各外国語辞書や東洋文庫などの叢書まで、あらゆる項目の一括検索が可能です!
ということじゃった。
このデータベースの利用は勿論有料で、個人利用の場合1,620円/月から
研究者ならば大変便利なサイトだとは思うが、市井に生きるしがないリーマンなワシにはあまり用の無いサイト、いや違う、正直に書くが、毎月1,620円払う余裕のないワシは会員になりたくてもなれないというのが正直なところじゃ。
しかしながら、Japan Knowledgeの中の人がそのデータベースをネタにして書くブログについては無料で読むことができ、前回・前々回と引用しとるのはそれじゃ。
引用したブログは本日現在までに157本も書かれておる日本全国「地名」をゆく!というシリーズのうちの一本じゃ。
このシリーズをひっくり返しておれば、もしかして大山くん関係の事を地名や社名をキーにして書いておられる人が居るかも知れんと思って見ておったら、何と、前回紹介したのの僅か3本後に大山祇神社について書かれておったことを発見した。
第135回 偏在には訳がある?(3)がそれじゃ。
内容的にはあくまで社名としての「大山祇神社」をキーにして、同社の新潟県における偏在について論を展開なさっておるというものじゃ。

そもそもワシが「山神社」に興味を覚えたのは、今から7年位前に静岡県富士市で単身赴任を始めた時、富士市内を走っとるとやたらめったら山神社という名前の神社があって不思議に思った事が始まりじゃ。
山神社という神社は全国的に広く分布しておるが、Google Mapを使って山神社を細かく拾っていくとやはり富士市及びその周辺での集積っぷりが半端ないことがわかる。
なぜそうなったかを今も知りたいのじゃが、それを系統立てて解説してくれる資料は今まで見つけられんかった。

これはもしやと思い、少しワクワクしながら読み進めたんじゃけれども、残念ながらワシが興味のある山神社や大山くんについての簡単な記載はあるものの突っ込んだ内容のものは見当たらん。
まあそうじゃろう。
繰り返しになるが、同ブログは論の建て方として「大山祇神社」という神社の分布の新潟県における偏在について検討しとるんじゃからねえ。

因みにブログの中には、
「結局のところ、新潟県における「大山祇」の偏在要因は見つけることができず、中越(とりわけ魚沼)地方、下越地方で盛んであった一般的な山の神信仰の一柱として「大山祇神」を奉祀していたことが主因ではないか、との推定にとどまりました。(下線はワシ)
なるものがあり、これはワシが「富士市における山神社のインフレーションの原因」として今も妄想しとる内容と同じようなものじゃ。
ワシの妄想とは即ちこれじゃ。
大昔にはそこら中に山の神様を祀った石祠があった。
富士山周辺にそのような石祠がたくさんあるのは、地域住民が抱く富士山への思いを考えれば割合納得出来る話なような気がする。
普段皆さんはその祠のことを「山の神様」のような一般名詞的な感じで呼ばわっとったんじゃが、ある日仕事か何かで少し離れたところに行ってきた吾助くんが、「あっちのほうじゃとワシらが『山の神社』って呼んどるような石祠に『山神社』ってかっけー名前つけとるぞ!」なる情報をもたらしたわけじゃ。
また別の日に別のとこに行って帰ってきた弥助くんが、「おい皆の衆。あっちの方の山神社に祀ってあるのは『大山祇命』って神様で、あのでっけえ三嶋大明神のとこの神様じゃそうじゃよう!」。
これらを聞きつけた皆の衆の行動は想像に難くない。
今も昔も日本人は最新(祭神)トレンドに流されやすい国民じゃ。
要するに皆の衆すべてが我も我もと石祠を勝手に「山神社」と命名し、その中の人を勝手に「大山祇命」としてしまった。
どうじゃろう。
なかなかありそうな筋立てじゃろ。
じゃから、山の神様を祀る祠や小さな神社が富士周辺に集積しとるのは富士山の影響で、それらがやがて山神社となり中の人が大山くんになっていったのは、当時の富士市民が他地区のパンピーに比べてかなり祭神・最新トレンドに敏感じゃったからじゃ。
どうじゃろう。
完璧な筋立てだと我ながら思うんじゃけれども、どうじゃろうか?

2019年4月13日土曜日

プロジェクト "山神社"(36) 新城の山神社

大山くん探索先としてお隣の愛知県に触手を伸ばすことに決定したワシじゃ。
先日は豊橋市中央図書館に赴き大山くん関連新規物件を幾つか見出すことが出来た。
豊橋市にいる大山くんについては何れゆっくり訪れるとして、豊橋市と同じく静岡県のお隣に位置する新城市についても探索しておこうと思いたち、本日は新城図書館 ふるさと情報館(愛知県新城市下川1−1:0536-23-2333)に参った。
なお新城市はワシの住んどる市域の北隣に当たり、大好きな湯谷温泉郷があるところじゃ(因みに湯谷温泉は旧鳳来町じゃ)。



多くの図書館と同様、ここの図書館の2階にも郷土資料コーナーがあるので少し当たってみたが適切な資料がちょっと上手く見つからん。
見つからん時はその道のプロに訊くに限る。
ということで、「新城の神社について書かれた資料はありまっか」と司書係の人に問うと「新城市内のお宮とお寺」(2013年3月発行:新城市資料室 編)を紹介してくれた。
A4横の、明らかにワープロ原稿をそのまま書籍化したような資料で、得てしてこのような資料には、県神社庁出版資料には書かれていない細かくて興味深い内容が書いてあることも多いもんじゃから、期待しながら一通り内容を確認してみた。
しかしながらまあはっきり書くが、書かれていたのはワシが欲しかった情報の粒度ではなかった。
項目的には、
  • 社名
  • 鎮座地の地区名(住所ではないんじゃよ)
  • 御祭神(本殿だけ)
  • 由緒のサマリー
という感じじゃった。
大山くんの特性として「センター(主祭神)を張ることが少ない」「センターは勿論、合祀とか配神というケースさえあまりない」「あるとしたらまあ大抵は境内社、しかも末社じゃん」ということがあるんじゃが、この資料はそう云った末席系に座する大山くんの情報は一切なかった。
そのような粗い粒度の情報ではあるが兎に角隈なく確認したところ、大山くんが本殿内におる神社として以下の3社があるのが判明した。

【石座神社】
初参拝:2019年4月13日
鎮座地:愛知県新城市牛倉菅沼30
Plus Code:WGG9+CV 新城市、愛知県
主祭神:天御中主命・比売大神・大山祇神・素盞鳴尊・天雅彦命・伊弉冊命・倉稲魂命
合祀:
創建時期:不詳
社格:県社(7等級)

【八名井神社】
初参拝:2019年4月13日
鎮座地:愛知県新城市八名井宮ノ内11
Plus Code:VF86+76 新城市、愛知県
主祭神:菅原道真・大国主神・事代主神・仲津彦尊・大山祇神・大山咋神・仲津姫尊・少名彦神・倭建神・素盞鳴尊
合祀:
創建時期:不詳
社格:(13等級)

【日吉神社】
初参拝:未参拝
鎮座地:(新城市吉川地区:詳細不明)
Plus Code:不明
主祭神:大山咋命・猿田彦命・彦火火出見命・豊玉比売命・大山積命・豊受大神
合祀:
創建時期:不詳
社格:郷社(11等級)

ただでさえ少ない3社なんじゃが、特に最後の日吉神社に至ってはGoogle Mapsを探しても所在が確定できん。
なんでわからんかというと、新城市には確かに「吉川」という地区はある。



あるにはあるんじゃがその地区内に日吉神社はなく、あるのは「新城市日吉宮ノ腰」「新城市日吉原」「新城市富岡凡」の3ヶ所であり、見れば分かる通り何れも地区名は「吉川」ではない。
ここについては郷社という社格じゃから、愛知県神社庁の書籍をあたって祭神などをキーにして探せば正確な位置はわかるじゃろう。

以上の如く、新城市の大川くん物件探索については現段階としては事程左様に残念な結果に終わってしもうた。

若干気落ちしつつ、調べ上げた少ない大山くん物件をMy Mapsに落としておこうとスマホをいじっとったら、何と。
新城図書館にほど近い場所に、全く偶然でもって山神社(やまのかみしゃ)を発見してしもうた。


それは「富永神社」(愛知県新城市宮ノ後78)の境内社として存在しており、その富永神社が7等級の郷社という景気のいい神社だけあって、末社としての境内社に対しても誠に手篤い取扱いをしておる。
これこの通り。

立派な表札 立派な鳥居
このような厚遇にあずかる大山くんは
境内社としては珍しいんじゃよ
© ill-health(ruephas) 2019


ほれ、素晴らしいじゃろ。
本殿上の扁額も金文字。

山之神 大山祇社!
かっこいい!
© ill-health(ruephas) 2019
これは大山ファンにとっては誠に嬉しいものじゃ。
そして、更にこれじゃ。

立派な由緒書じゃ
© ill-health(ruephas) 2019
これまた、境内社という立場なのにこんな立派な由緒書を掲げてくれとることはほんとに珍しい。
この辺、大山くんを境内社として収容しとる全国の諸神社に見習ってほしいと切に思うが、しかし云いたいのはその件ではない。
由緒を詳しく読んでほしいんじゃが、ワシの心がトキメイたのはこの部分じゃ。

なんてったって総元締め、じゃ!
© ill-health(ruephas) 2019
総元締め

えーい!控えおろう!
こちらにおわす大山祇命、なんと心得る?!
日本の山の神の総元締めであらせられるぞ!
控えい、控え〜い!

とまあこんな具合じゃけども、控えめで真面目な大山くんはこの程度のことでブイブイ云わせることなく、地道に自分の仕事をこなすばかりじゃろうと思う。

ということで、境内社として存在する大山くんはここ新城にも確実に一定数存在すると見た。
今後、そういったことが記されておる資料をどのように見つけていくかが最大の問題じゃ。
少し勘考してみるかな。

2018年7月4日水曜日

プロジェクト "山神社"(25) 山住神社

こんにちは。
八方塞がり認定されたワシじゃ。

比喩じゃなくて宗教用語だったのね
しかしまあ仕事では現在実際八方塞がり
© ill-health(ruephas) 2018
八方塞がりについては以上じゃ。
ところで遠州の山奥には「日本総鎮守」と呼ばれるすんげえ神社があるのはご存知かい?
鎮守と名乗る数多の神様の中のトップ。
大学でいうと総長ってところじゃかのう。
それは山住神社なんじゃなあ。

【山住神社】
所在地: 静岡県浜松市天竜区水窪町山住230
祭神:大山積命・事解男命・伊邪冊命・速玉男命
創建時期:和銅2年
社格:県社(静岡県等級不明)
境内社:不明(多分ない?)

総鎮守であらせられるぞ!頭がたか〜い!
© ill-health(ruephas) 2018
最近は境内社として頑張っとる大山くんばかりを訪ねておって、それはそれで意義深いことじゃとは我ながら思うが、偶にはメイン、センター、ヴォーカル、リードギター、党首、社長、地主、フィクサー、組長に相当する大山くんにも会いたい。
そんな時、例えば県東部におった頃にはちょいと自転車を駆って三嶋大社に行けばよかった。
或いはそんなことをせんでも、近所になんぼでもあった山神社にいけばよかった。
しかし、今ワシが住まわっとる県西部じゃとそれに相当する神社がない。
であるならば、考える前に飛べ!
このへんではもっともすげえ山住神社にいくしかあるめえよ。
しかし当然クルマでしか行けん山奥である。



大規模ながけ崩れに見舞われとるためほっそい道を迂回路にしとるR152。
もうすぐお別れとなるスイフトで何とか走って、結構走って山住神社に到着。

なかなかいい雰囲気の神社であると思う
ただ、遠いです…
© ill-health(ruephas) 2018
一応物の本によればじゃね、四国の大山祇神社から勧請されたということなんで、ワシんちからすぐ近くにある和合の大山祇神社とオリジンは同じじゃよ。
しかし、比較的市街地に近い和合の大山祇神社があんなにこじんまりしとって、あんなくよ山岳地帯にある山住神社がこんなに手広くやっとるのだろうと深く疑問に思うことじゃよ。
よくわからん。
でもまあ、兎に角立派な大山君に会えて取りあえずよかったです。
少し残念なのは、主祭神が大山積命になっとることかなあ。
四国からの勧進であらばこそ、やはりここは「大山祇命」にしてほしかったなあ。

で、この後自宅に戻りがてら秋葉神社に行きましたけどその話はまた改めて。

2018年5月12日土曜日

プロジェクト "山神社"(21) 完結編・細江町気賀の「山神社」は謎である

前回、自分勝手に立てた仮説を自分勝手に葬り去り、「細江町中川の三嶋神社≠細江町気賀の山神社」という結論であろうと目星を付けました。
そして現在、静岡県浜松市北区細江町気賀2275という住所?地番?は存在していないことと、近接する住所?地番?である2276-11が存在することは確認できました。



一つの予測として、何らかの事情により2275が2276に合筆され、2276-11になったのでないかと。
しかし、宗教法人登記されとる神社の土地(基本財産だよね多分)が合筆されたとなると、最悪の場合土地は売却されて山神社は廃社、若しくはよその神社にM&Aされとるかもしれん。
一方で合筆先の人が徳の高い人物であったとしたら、合筆した土地を無償貸与してくれていて現地に神社は現存するかもしれん。
兎に角、席を蹴って早く行かねば!

という事で行ってめえりやした。
上の地図の通りGoogle Mapでは2276-11はヒットするのに、ワシのカーナビでは何故かヒットせん。
なので、Google Mapが指し示す地点をマニュアルでセットし現地につきました、
指し示した地点には神社っぽい感じは何もありませぬ。
少し先(西)に進んでみると、道の左側(南側)になんと、

希望を繋ぐ幟旗立て
© ill-health(ruephas) 2018

幟旗立て(正式名称を知らんのじゃ)を発見。
お、これは!
Google Mapでは表示できんのでハードコピーつけますが、グレイの丸印の地点ですな。

地図データ ©Google,ZENRIN
これは期待できるかもです。
クルマの停めどころがない現地ではあったが、何とかスペースを見つけ早速南に向かう細い参道(であって欲しい)を進むワシ。

希望へ続くほっそい道
© ill-health(ruephas) 2018

ずんずん下っていくと山林っぽい感じになり、右手に忠魂碑が出現。

確信を持たせる忠魂碑
© ill-health(ruephas) 2018
もうこれは100%でしょう。
そして目をぐっと左に向けると、じゃ〜ん!
ありましたあ!

よ〜しおったな大山くん
元気そうで何よりじゃったのう
© ill-health(ruephas) 2018
山神社であります。

なんとか現存してくれてました。
これは嬉しいぞ、良かったなあ大山くん!
めでたしめでたしじゃよ全く。

そして更になんと、ここの大山くん、よその神社も吸収合併してるという豪気さであります。
こちらです。

M&Aされた小さな神社が裏にひっそりと…
© ill-health(ruephas) 2018
愛宕神社であります。

愛宕神社と書いてあるからには愛宕神社なんじゃろう
© ill-health(ruephas) 2018
この愛宕神社にもきちんと参拝して、お賽銭を差し上げようと思い「ちょっと失礼」と中の人に断ってからヨイショと扉を開けると、かなり衝撃的な結果がワシを待ち受けとった。
これです。

結構悲惨な住空間をあてがわれとる愛宕くん
© ill-health(ruephas) 2018
筵が…
筵がですね、で〜んとですね。

筵のせいかどうかは知らんじゃけど、本体の祠が左奥にオフセットされた状態で押しやられており、しかも祠の入口が正面を向いとらん…
おいおい大丈夫か、愛宕くん。
これはあまりに不憫だ…
いかにM&Aされた身とはいえ、これはあまりに理不尽じゃないかい?
これじゃまるで巨大メーカーに買収された中小企業の社員が、親会社から出向してきた社員にいじめられとるという図ではないか。
ワシはその場で大山くんに祈ったよ、お願いしたよ。
大山くん、どうか愛宕くんの地位・立場を回復してあげてくれ。
大山くんも各地で不憫な思いをしとるから、この愛宕くんの悲しさ苦しさはよく分かるじゃろうよ。
人間神様皆兄弟じゃよ、わかるか大山くん。

ということで、山神社の謎は解けました。
ちなみに、Google Mapに非掲載の状態であったため、ワシきちんと登録しといたよ。


2018年5月6日日曜日

プロジェクト "山神社"(20) 髙山神社

気賀の山神社については取り敢えず謎のままで据え置き、その代わりというと申し訳ないんじゃが引佐郡神社誌で見つけた別の大山くん物件に行くことにした。
髙山神社(静岡県浜松市北区引佐町東久留女木72:引佐郡神社誌では72-2)。
いなさ湖の少し東側のちょっとした高台にあり、横にはお決まりの集会所(新田公民館)があります。
静岡懸神社誌は広く県内の神社を纏めているため、必然的に社格がある程度高い神社しか載ってません。
この髙山神社は無格社で当然載っておらず、今までノーフォローだったわけです。
細江図書館からクルマで30分位で、静岡県道299号線からの最後のアプローチがややわかりにくいですが無事到着。
おお、無格社と云っても大変立派な社殿でありますな。
よろしいよろしい。

髙山神社
 © ill-health(ruephas) 2018
まずはメインの大山くんに参拝。
その後、本に書いてあった境内社を探したんじゃが、写真を見ての通り稲荷神社は直ぐにわかった。
本殿の左手に見えるおなじみの赤い鳥居がそうですな。
しかしすまん宇迦之御魂神くん、本当にすまないがうかちゃんにはワシあんまし興味がなくて申し訳ない。
ワシが見たいのはもう一つの境内社である山神社なんじゃよな。
しかし、探しても見つからない。
これはもしかすると髙山神社の境内社である稲荷神社にさらに合祀というまさかの「ロシアの人形状態」かと思わず身構えたよ。
髙山神社の孫会社か。
この業界では勢いがあるとは決して云えない大山くんの事ゆえ、そういう状況も十分に有り得る。
せめて、せめて最悪連結対象であってくれ、頼むぜ。
などと思いつつ、更に暫く周囲を見回すと…
ん!
稲荷神社の右手に獣道のようなのが更に奥に続いとる。
もしやこれは、と思いその獣道を進むと、あった!

© ill-health(ruephas) 2018
いやあ、あったなあ。
よ〜し。
しかも最近ご無沙汰しとる「傾いだ石祠タイプ」のこれは誠に山神社らしい山神社。
これはいいぞ、感動した。
富士市周辺には結構このタイプの山神社がたくさんあるんですが、西部ではしばらくぶりか、もしや初めてかも知れぬ。
この傾ぎっぷり、このコンパクトさ、この放置プレイっぷり。
これこそが山神社の本道だとワシはいい切りたい。
サイズ感をつかむためにこの写真も載せるとしよう。

Gloの箱です
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ほーれこの小ささよ。
いやあ、感動した、感動したよホントに。
あまりの感動の深さ広さの勢いで、ついついいつもより多めにお賽銭をしてしまったほどじゃよ。

云うまでもなく一番左がワシの賽銭
破格と言わせてもらう
5円及び10円は既に捧げられとった
© ill-health(ruephas) 2018
もうこれだから大山くん巡りはやめられない。
もうすぐ業務多忙時期が終わるので、そうなったら図書館巡りと大山くん巡りを再度本格化させようと思いましたよ。


2015年11月3日火曜日

プロジェクト "山神社"(11) 山神社

ちょっと遠くの山神社にドライブがてら行ってみました。
行ったのは、山梨県南巨摩郡身延町杉山1533(地図から住所検索による検索結果)というところにある山神社。
富士からだと、JR身延線沿いを走ってR300→山梨県道412という感じでだいたい1時間30分ってとこですけど、この最後のr412が曲者。


地図で見ると何の問題もない県道に見えたので何の覚悟もなく行ったんですけど、地図にある「ヤマメの里」(キャンプだか何かの施設らしいが現在は休業中らしい)のあたりから目的地の山神社までの間はほぼ廃道。
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2015

ちなみに、あまりに荒れ果てた県道(この手のマニアがいうところの「険道」。他に「酷道」「死道」などという用語もあり)のため、それこそ廃道マニアがブログか何かで書いてるんじゃないかとちょっと探してみましたが、あまり有名ではないらしく、はかばかしい結果は得られませんでした。

しかし荒れてはいるものの、道沿いに電柱が立っていて電線が奥に続いていることと、微かながらに轍が認められるので行っていけんことはないだろうと覚悟を決め、アンダーパネルに石をゴリゴリこすりつけながら前進。
おんぼろスイフトであればこそできる荒技であり、ロードスターに買い換えたらこんなことは絶対にできない。
山神社探索用にボロい軽自動車でも買うかな。
そんな金はない。

ずっと道幅は十分に確保されていたのだけど、途中から、これはもうスタック確実というような路面状況になったため、車を乗り捨てて後は徒歩。
400mほど歩くと、荒れ果てた道の先に突如として箆棒に立派な赤い橋が出現してやや驚きました。

© ill-health(ruephas)
2015
この橋、Google Mapには載ってません(航空写真モードにすると確認できます)。
上のMapでいうと、目的地の山神社の手前あたりにあり、横の川を西側というか北側にわたっています。
写真でわかる通り、橋及びその手前は舗装されており、砂利はあるものの一見大変快適な道路に見えますが、舗装されているのはその部分だけ。
前後は普通車ではまず走れない路面状況であり、そんな道になぜかくも立派な橋が架けられているのかが全くわからないです。
橋の向こうにも行ってみましたが、もうかなり大きな石が転がり放題の徹底した荒れっぷり。
本当にこの橋の意味が全くわからない。
もしかしたら、ヤマメの里の先で途切れている道と繋がっている(あるいは繋げるつもりで作って途中で頓挫)ということかもしれませんが、今日は廃道マニアとしてではなく、大山くんサポーターとしてここに来ているので、先の探索はしませんでしたがね。

しかしくそ、俺は山梨県民ではないがこれは全く税金の無駄遣いじゃないか、などと怒りを覚えつつ、どんな名前の橋なのかを確認してみようと銘板を見てびっくり。

© ill-health(ruephas)
2015
やまのかみはし。

ほんとですか?
山之神橋ですぞ。
俺が愛してやまない大山くんの名前が、税金の無駄遣いの結果できてしまったものとはいえ、立派な交通インフラのネーミングに採用されているとは‥。

すごいじゃないか大山くん。

やはり君はやればできる神様なんだよ。
YDKだ。
うん、自分を卑下することはないんだ。
前を向いて、胸を張って歩けばそれでいいんだ。
その姿をきっと誰かが見ている。
俺とか、土建業者とかでも見ているんだ、うん。

とか思いながら感涙にむせんでいたのですが、まあ常識的に考えると、橋の周辺にある特徴的な施設が山神社以外に何もなかったので仕方なく、というのが実際のところでありましょう。

さて、橋を渡らず右手の砂利道を入ったあたりに山神社はあると地図は示しています。
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2015
その通り進むと、巨大な砂防ダムが出現しますが、そこには神社が潜んでいる雰囲気とか気配とかは全く感じられません。
ううむこれはもしや、この砂防ダム建築により山神社は破壊せしめられておるのではないかとマジで心配になってきました。
砂防ダムの突端を右側に回り込むようにして向こう側に出ると、人工的な構築物はなく、山林のような感じになっていて、微かに神社存在の予感がしてきました。
目を凝らして観察すると、あった。
二本の木の間を渡すようにしてしめ縄というか、あれなんて言うのですかね、細い綱に白いヒラヒラのを何枚かつけたあれ。
人間界と神様の世界を区分してる感じのアレ。
© ill-health(ruephas)
2015

おお、神社だ。
山神社に違いない。
見回しても鳥居がないので、もしかしたらあれが鳥居代わりかもしれない。
白いヒラヒラ付きの綱をくぐる前に一礼して、実に歩きにくい参道を登っていくと、社殿がありました。
急な斜面に石垣を積み上げ、社殿を造営するスペースを何とか確保しています。
山奥にある山神社の多くは、石造りの祠だけであとはなんにもなし、というような簡素タイプが多いんですが、ここの山神社はそうではなく大変立派な社殿であります。
どのくらいの歴史があるのかはわかりませんが、社殿や石垣からは相当の時間が経過していると思われ、昔こんな山奥でこんな立派な神社を作り上げるには大変な努力が必要だっただろうと思われます。

© ill-health(ruephas) 2015

作法に則り参拝して「失礼します」とお詫びしてから中を拝見すると、綺麗に掃除された拝殿内には「大山津見之命」と大書された幟旗が何本かありました。

ああよかったなぁ大山くん。

こんな山の奥にあるのに、いいサポーターに恵まれているようじゃないか。
賽銭箱には塩飴が3つ置いてあったが、これは通りがかりのハイカーが、君が熱中症になるんじゃないかと気に病んで置いていってくれたのに違いない。
どうせなら水も置いてけばいいのになあ、大山くん。

いい山神社でした。