すみれ寮は秋葉神社下社からもう暫く奥に入ったところにあって、少し分かりづらかったが基本は難なく到着した。
最近のこのご時世じゃから、部外者なるワシが流石に黙って福祉施設に脚を踏み入れるわけにもいかんじゃろう、どうしようかと思っとったら、丁度道を歩いとった実直そうな若い人がワシの車に近づいてきて、
「◯◯君のお父様ですか」と声を掛けて下すった。
施設の職員さんのようじゃ。
入所しとるお子さんの親族と思われたらしい。
「いやすみません。そうではなくて実はこの施設にやぎがいるって聞いて来たんですけど」
と云うと、実直そうな若い人は少し苦笑いをしたように見えた。
「ああ、やぎですね。どうぞご自由に。あそこにいます」
「いやこれはどうもすみません。じゃあちょっと…」
と指差した方に向かいかけると、
「ただですね…」
ん?
なんじゃ?
「ただ」とは何じゃろうか。
「彼は性格が悪いんですよ。気が荒いですから」
「あ、わかりました。気をつけます」
なあにしかし、ワシとてもう既にやぎさんに関してはセミプロの3歩くらい手前まで来とるという自信がある。
やぎさんは意外に凶暴な一面をもっとって、頭突きや足蹴りなどを普通にカマしてくることは実体験を持ってよおく理解しとる。
施設の隣には小屋があって、そこには「エリーのおうち」と書かれておる。
可愛らしく微笑むエリーのイラスト メエ〜と啼いとる © ill-health(ruephas) 2019 |
エリーと云えばサザンオールスターズのいとしのエリーが思い浮かぶ。
メロウでスウィートなイメージがある。
このエリーもきっとそのイメージどおりのやぎさんではなかろうかと思う。
あの若い人はわしのこと「やぎさん素人」と踏んで、多少荒っぽいから気をつけなされ程度の感じで注意してくれたんじゃろう、多分。
小屋の前には柵で囲まれたやぎさんスペースが設けられており、その柵から長い首を伸ばしたエリーさんが、柵の外に置いてある餌箱に入った干し草を盛んに食べておった。
何時もの如く、対やぎさん用にいつも用いておる「べへへへへ〜」という掛け声と云うかなんというかを発しながらエリーさんに近づくが、エリーさんはワシを基本無視して、干し草を食べ続けておる。
今まで見たやぎさんの中で、食べる時の口の動きが極めて早い。
普通のやぎさんじゃと、
「じゃく、、、 じゃく、、、 じゃく」
くらいなスピード感なんじゃが、えりーさんは
「しゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ」
という感じで、毎秒2〜3回は咀嚼しとる驚速じゃ。
ううむ、こいつもしかしてタダもんじゃねえかもしれん、とは感じたがそこはそれ。
ワシとてもう既にやぎさんに関してはセミプロの3歩くらい手前まで来とるという自信がある。
取り敢えずご挨拶じゃと思って、セミプロ3歩手前の余裕でもってびっくりせぬようゆっくり手を差し出したその瞬間、
「ぶんっ!」
という感じで極めて素早く、且つ極めて強力に頭を振ってワシの手を振り払った。
を、こいつは本物じゃな。
で、素早くワシの手を振り払ったあとは素早く餌箱に意識を戻し、
「ばりばりばりばりばりばりばりばり」
と激しい音を立てて干し草を食っとる。
間隙を突いて再度手を差し出すと、
「ぶんっ!」
という感じで極めて素早く、且つ極めて強力に頭を振ってワシの手を振り払い、飯の続きにかかる。
エリーという名からするとメスなんじゃろうけど、極めてオス感溢れとる。
野趣に富んどる。
視界の中でワシを警戒しつつ 無心に干し草をばりばり食べるエリーさん © ill-health(ruephas) 2019 |
うむ、エリーさんは確かに強敵じゃ。
どのようにして触れあえばよいじゃろうかと算段しとると、いつの間にかさっきとは別の若い人が近寄ってきとった。
ミュージシャン風の感じの髪型をしとるが、物腰は丁寧な感じじゃ。
「このやぎは、食にすごく貪欲なんですよ」
「エリーさんはメスなんですか」
「そうですね。この間も1匹子供を生んで、その子供は近所のお宅に里子に出しました。あと、多分今もお腹に赤ちゃんがいると思いますよ」
さっきの実直そうな若い人は「彼」という言葉を使っとったが、メスであっても「彼」呼ばわりするのはよく分かる。
しかし何とか少しでもエリーさんと触れ合いたいと願うワシは、近くに生えとった雑草のようなものを抜いてエリーさんに差し出してみた。
すると今度は恐怖の「ぶんっ!」はなく、素直に草を食ってくれた。
この写真だとなんだか艶めかしい 女性っぽい © ill-health(ruephas) 2019 |
よし、この調子で雑草を通じた交流を少しずつ深めていき、心が通じ合ったところで頭をなでなでしてみよう。
暫くその作業を実直にやり続け、これでもうそろそろ大丈夫じゃろうと判断して、雑草を上げたあとの手をエリーさんの頭に伸ばすと、
「がんっ!」
と柵の金網に極めて強烈な頭突きをカマしてきた。
結果は金網じゃったが、狙いはワシの手であったのは明白じゃったな。
おらおらおら、アタシに濫りに手をだすんじゃないわよ 怪我してもアタシは知らないよ ばりばりばりばりばりばりばりん 前の写真と同一人物じゃ © ill-health(ruephas) 2019 |
ううむ、こりゃあ無理じゃなあ…としょぼんとしとったら、エリーさんの動きがいきなりピタッと止まり、頻りに「べへへへへへ〜、べへへへへ〜」と啼き始めた。
なんじゃろうかと思って暫くしたら、年配の女性が自転車に乗って来た。
向かいに住んどるおばちゃんじゃ。
おばちゃんの自転車の音も気配も全くしなかった時点からエリーさんの様子が変わったのは確かじゃ。
メリーさんはそのおばちゃんの方をみて頻りに啼いとる。
おばちゃんを呼ばわっとるのは確実じゃ。
おばちゃんは「このエリーは、どんぐりも殻ごと食べちゃうんだよね〜」等とエリーさんの隠れた一面を教えてくれながら袋に入った葉物の野菜類を餌箱に入れ、出来損ないの大根を遊び場の中に投げ入れた。
エリーさんは前歯を使って巧みに大根を削り取り、うまそうにしゃくしゃく食べてあっという間にその大根は地球上から消滅し、エリーさんの胃袋に収まった。
大根を地球上から消滅せしめた後も餌箱に入った葉物をしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ食べ続け、ワシがそんなエリーさんに手を差し伸べるとそれを「ぶんっ!」と撥ね退けるという一進一退を続けとった。
結果として、頭をなでなですることは出来んかった。
しかしじゃね、物の本によればそもそもやぎさんというのは(まあ勿論やぎさんだけではないんじゃけど)野生のものじゃと書いてあったし、エリーさんは一人暮らしの時期も長いようじゃし、考えてみれば「ぶんっ!」も宜なるかな、かも知れん。
今回わかったのは、ある意味当たり前かも知れんが、やぎさんにも個性がある、という事実じゃ。
それはそれで面白く、「ぶんっ!」もしゃこしゃこしゃこしゃこも、姿が見えないうちからおばさんの接近を気取ってべへへへへ〜と啼くのもエリーさんの個性じゃから、それはそれで可愛く思った次第じゃ。
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コメントどうもありがとうございます。
貴方のコメントは世界とワシとあなたを救う。
たぶん。