これは昨年、2020年12月19日午前の話じゃ。
この日は例により倉真赤石温泉に行って極上の温泉を愉しんだわけじゃが、順番待ちの時間を利用して温泉より更に少し北側、新東名掛川SA方面がどうなっておるのか見に行こうと思った。
この地図だと、倉真赤石温泉から北側の先には道がないことになっておるが、実は細い道がある。
細いとは云っても5ナンバーサイズなら何とかギリギリ通れる程度の道幅はある(硬い枯れ草でボディに傷が付く可能性は高いじゃけどね)。
まあ兎に角道があり新東名の擁壁近くまでは続いとるが、路面がちょいと危険(コンクリ舗装の下の土が雨水で抉れてなくなって、空洞状態になっとる)なため、クルマではなくて歩いて行ってみた。
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中央の灰色の部分が抉れとる (後日2021年1月3日撮影) © ill-health(ruephas) 2021 |
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道の行き止まりまで直線距離で200m程度で、歩きでも5分はかからない感じじゃ。
温泉を後にして道を歩き始めて暫くすると、道の左側にある川(倉真川か、倉真川の支流で結構清流)を挟んで広がる山の方で、人が入って山林を整備しているような音が聞こえる。
寒いのにご苦労な事じゃと思いつつゆっくり進んでいった。
程なくしてどん突きの行き止まりに到達した。
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© ill-health(ruephas) 2021 |
この写真が行き止まりポイントじゃが、ここは恐らく新東名建設時には工事の拠点か資材置き場として使われておった様子できちんとしたアスファルト舗装がされておる。
舗装されていないスペースもあって、ちょっとしたソロキャンプくらいなら問題なくできそうな感じじゃ。
少し歩いたらキレイな水が流れる倉真川(若しくはその支流)があって水も確保できるし、水質が心配ならば倉真赤石温泉のお姉さんに事前にお断りを入れておけば、温泉で水道水を確保するのも可能じゃろう。
うむよしよしこりゃいいな、いつかここでソロキャンプをやってやろうと思いつつ、引き返すことにした。
山の方からは相変わらず山林整備の音が響いてくる。
この山は結構原生的というかあまり整備が行われていないように見えるし、これまでそれこそ何十回も倉真赤石温泉に来とるが、山林整備なんてしていることは見たことない。
何で藪から棒に今頃整備など始めたんじゃろうかと訝りつつ歩き始めると、その山林整備の音が急に移動し始め、川の方に降りてきてこちらの道の方に登ってきた。
音の移動の速度は結構早い。
先程の地図で見るとその辺りはのっぺりとした平地に見えるが、実際には道と山の間を流れる川はそこそこ深いV字状の谷になっていて、しかも結構深いブッシュ、人が高速度で抜けることは不可能な状態じゃ。
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左上のガードレールがワシが歩いて来た道 山林整備の音は右の山肌から来て 中央の川を渡り左の道に登ってきた (後日2021年1月3日撮影) © ill-health(ruephas) 2021 |
草木を薙ぎ払いながら進まねばならぬし、途中川を渡る必要もあるんで、徒歩スピードであっても無理じゃろう。
しかしてその音はまさに山の斜面を駆け下り、川を難なくバシャバシャと横切り、ブッシュ状の谷底から駆け足以上のスピードで、まさに迅速に駆け上がってくる。
流石におかしいと思い、これはなんじゃろうか山林整備のおじいやんがこんな高速度で移動できるわけがないぞと立ち止まって慎重に周囲の様子を伺っとると、道と川の間に設置してあるガードレールの隙間から真っ黒くてデカい塊が2つ、道に勢いよく躍り出てきた。
そう、もうおわかりじゃろう。
イノシシ。
真っ黒でデカくて鼻の横に立派な角を生やした如何にも凶暴そうな大人のイノシシが2匹、ワシの前に飛び出してきてこっちに向かって全力で走ってきたんじゃ。
「イノシシにばったり出会って死ぬかと思った」等というニュースをたまさかに聞くが、ワシも含めて大抵の人は笑い飛ばして終わっておると思う。
しかしいざ実際に、ブッシュから飛び出してきた2匹のデカいイノシシがこっちに全力で走って来たのを目の当たりにすると、それは完全なる恐怖でしかない。
飛び出してきたポイントからワシが立っとった場所まではそうじゃなあ、10m程度じゃろうか。
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手前のコンクリの切れ目に生えとる 草の辺りがワシの立ち位置で 奥においてある黒いサコッシュの辺りが イノシシの立ち位置 (後日2021年1月3日撮影) © ill-health(ruephas) 2021 |
ワシは恐怖で何も出来ず、ただ固まって突っ立っとることしかできん。
が、しかし。
こっちに向かって走ってきたのはワシを目当て(攻撃目標)にした行動ではなかったらしく、駆け出し始めてすぐにワシの存在に気づいて、急ブレーキを掛けて止まった。
ワシを見つけて吃驚して、向こうは向こうでビビったらしい。
誰もおらん山の中で自由気ままに楽しくはしゃぎ回っとったら、予想外にも貧相な初老がいてこっちを見ておるじゃないか。
わあ、クッソビビったぁ。
というような感じなんじゃろう。
野生のイノシシそのものはワシは生まれて初めて見たんじゃが、イノシシの急ブレーキもワシは生まれて始めて見た。
前足を思いっきり踏ん張って、まさにこれは急ブレーキと云って差し支えないじゃろう。
まずは第一の危機はこれで凌げた。
しかし、向こうは止まったものの撤退する様子もない。
2匹揃ってこっちをじっと伺っとる。
これはいかん。
この間、ワシは色々考えた。
まず、イノシシに出会ってしまったときの心得があったはずじゃ。
しかし、どうしても思い出せん。
イノシシを背にして逃げるのはヤバそうじゃという感じはしたので、何か動きがあるまではそのまま睨み合いを続けることにした。
何か動きがあったらどうしようということは思いつけんかった。
次に考えたのは、もし攻撃されたらどうするかということじゃ。
追いかけられたら逃げることは当然100%無理なので、何らかの怪我をする前提で、どういうような怪我にまとめるか。
以前、F1レーサーであったワシの大好きな中嶋悟さんの本を読んだ時のことを思い出した。
中嶋さんがどっかでレースをしておって事故ることが不可避な状態になった時、足を思いっきり伸ばして踏ん張って足を骨折するような体勢をとったと書かれていた。
足の骨折ならば直に回復できるが、内臓を破裂させるようなことになればそれは即ち死を意味するからじゃ。
幸いその時は中嶋さんの素晴らしいマシンコントロールにより何とか事故を回避できたらしいが、兎に角それを思い出し、もし襲われたら出来るかどうかはわからんが、何とか足だけを攻撃されるようにしてみようと決心した。
一方で、そんなに都合よく足だけを攻撃されることは難しいじゃろうとも思った。
まず足を攻撃されたら立っていられなくなるわけじゃから当然倒れ込む。
倒れ込んだらもう体中やられることは必定じゃろうと思えた。
それはとっても痛そうじゃとも思った。
さらに、明日の静岡新聞あたりに載るな、と思った。
いやいや地方紙だけではない、全国紙の地方記事ページは勿論、中日新聞とかのブロック紙の三面記事辺りにも載るかもしれない、ヤバいな。
ということを考えた。
「初老の会社員 掛川の山中でイノシシに襲われ重傷(若しくは重体、若しくは死亡)」
というヘッドラインが頭に踊った。
間違いなく、軽率な初老とか何とかかんとか散々な書かれ方をされるじゃろう。
上司は苦い顔をして入院見舞い、若しくは通夜葬儀に来るじゃろう。
イノシシにやられた男として末代まで語り継がれるじゃろう。
ヤだなあそれ、と思った。
大体こんくらいのことを考えたが、その間多分10秒もかかっとらんと思う。
死ぬ瞬間には生まれてから今この時、この今際の際(いまわのきわ)までのことが走馬灯のように一瞬で思い出すと云われておるが、ワシは「そんな事ないわ。見たんかそれ」とか思っとった。
しかしそのときはそのくらいの勢いで以上のことを考えたわけじゃ。
兎に角ワシは、2匹のイノシシの目を代わる代わる睨め回しながら、少しづつ僅かづつ後退を始めた。
後退する、これ即ちさっきのどん突き行き止まりの方に戻ることになり、退路が断たれることになるんじゃが、心理的に少しでも彼奴らと距離を取りたいという欲求のほうが強かった。
じりじり、じりじり。
すると、向こうも何だか攻撃的な雰囲気が少し薄れて、真っ直ぐこっちを見る感じがなくなり、もじもじしながらそのへんをウロウロし始めた。
で、数秒するとサッと向きを変え、さっき走りこんできたガードレールの隙間からブッシュの方にぱ〜っと駆け下りていった。
はあ。
九死に一生を得た、とは本当にこのことだと思ってワシはその場でへたへたと崩れ落ちてしまった。
しかしいつまでもへたり込んでいるわけにはいかん。
また来るかも知れん。
山の中に行って加勢を伴って戻ってくるかも知れん。
幸い、倉真赤石温泉までは数百m。
ワシは何とか立ち上がって、できるだけ音を立てないように、かつ、出来るだけ急いで来た道を戻り始めた。
慎重に戻りつつ道をよく観察すると、山(川)側のガードレール下には、イノシシが出入りしとると思しき出入り口のようなものが結構たくさん空いとる。
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(後日2021年1月3日撮影) © ill-health(ruephas) 2021 |
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(後日2021年1月3日撮影) © ill-health(ruephas) 2021 |
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(後日2021年1月3日撮影) © ill-health(ruephas) 2021 |
どうやら普段から普通に山から降りてきて、この出入り口を通ってこの辺を走しくりまわっとる様子が伺える。
そんな様子を眺めつつ数分歩き、倉真赤石温泉の建屋の中に逃げ込むことに成功した。
いつも温泉を入りに来るときにはいい温泉に入れて有り難いことよと思いつつ引き戸を開けるんじゃが、本日ばかりは別の意味で本当にありがたく思った。
考えるに、野生のイノシシは怖いし実際に襲われたら大変なことになることは間違いないが、あっちはあっちで人間にビビっとるということは実体験してわかった。
ビビッとらんかったら、あのような急ブレーキをかけることはないじゃろう。
その上で、もし出会ってしまったらどうするか。
ワシはそのような知識はないので、調べてみた。
詳しくはリンク先をご参照頂ければよいが、大変わかりやすく書かれておるように思う。
そして今回ワシが取った行動は、あくまで結果としてじゃが概ね正しかったことがわかった。
当然、計算してのことではなくて単にビビって体が動かず、その結果として正しいことになっちゃってたという感じじゃ。
ワシがイノシシにビビったと同様、向こうも人間を恐れているということならば、お互い会わないようにするが最上の策。
向こうさんも最近は食糧不足で、已む無く山を出て里まで降りてくることも珍しくないと聞く。
ちょっとした山林を歩く程度のことでも、よく聞く通りラジオを付けたり鈴を鳴らしたりして人が歩いておると云うことを向こうさんに知らせてあげれば、まあ無闇に近づくこともあるまいと考える。
それでも出会ってしまったら、先程紹介した福岡県のページに書いてあることを冷静に思い出して行動すれば何とか脱出できる可能性は充分にあると思う。
兎に角、九死に一生を得た思いじゃ。
2021年2月14日 追記)
淡路島の洲本市内で、イノシシに襲われた人が亡くなるという事故が起きた。
2月12日朝、兵庫県洲本市の山林で、男性がわなにかかったイノシシに襲われて死亡しました。イノシシは逃げて、見つかっておらず、警察は警戒を呼び掛けています。
2月12日午前8時前、洲本市池内の山林で「友人がイノシシに襲われた」と消防に通報がありました。消防が駆け付けると、兵庫県南あわじ市に住む梅本文男さん(79)が左足をイノシシに噛みつかれたままの状態で倒れているのが見つかりました。消防隊員が放水するとイノシシは逃げていきましたが、梅本さんは病院で死亡が確認されました。
警察によりますと、梅本さんは友人と一緒にわなにかかったイノシシを捕獲していた際に、イノシシにかかっていたワイヤーが外れて襲われ、約50m引きずられたということです。
イノシシ猟の経験があるという地元の男性は、野生動物を捕獲する際にはかなり危険が伴うと話します。
(猟の経験がある男性)
「わなに足が引っかかったイノシシを最終的に仕留めないと持って帰れませんから。それがうまくいかなかったみたい。手負いでイノシシも逃げようとして、人間の3倍も4倍もの力を出して抵抗する。事故があったということは悲しいですね。」
男性を襲ったイノシシは体長約1m・体重70kgほどのオスとみられています。まだ見つかっていないことから、近くの小学校では集団下校が行われました。
(児童を迎えに来た家族)
「怖いよね。近いから。」
(近所の人)
「手負いなので心配です。」
警察は住民らに警戒を呼び掛けています。
(c) Mainichi Broadcasting System, Inc.
ワシは、単に運が良かっただけと思われる。