2012年6月3日日曜日

みよし湯(6)

宿酔いとのシビアな戦いに最後のケリを付けるため、残れる力を振り絞り、みよし湯に行ってきました。

宿酔いへの対策としては、一般的には、
  • 水分を取って兎に角、寝る
  • 塩水・味噌汁等を飲む
  • 運動して汗をかく
  • お風呂に入って汗をかく
等が高名ですが、そのうち「兎に角、寝る」「塩水・味噌汁等を飲む」は完了し、運動嫌いの私としては「 運動して汗をかく」のは嫌いなので、最後に残った「お風呂に入って汗をかく」を、どうせだったら好きな銭湯でしたいなあと思ったからです。

午後まで寝てたら少しながら食欲も出てきた。
私は拉麺が大好きで、自分では1日3食365日全て拉麺でもぜんぜんおっけだと思ってるんですが、流石に今日は喰う気にはなれず、結局近くにあるかっぱ寿し浜松泉店(浜松市中区泉2-2-53:053-478-0971:午前11:00<日・祝は午前10:25>〜午後11:00:最終入店(ラストオーダー)午後10:30)に行って、お寿司数皿と味噌汁を食した後、15時少し前にみよし湯に着きました。
みよし湯には何回か来てますが、開く前の時間に着いたのは初めてです。
既にじいさんが数人、あたかも10時前のパチンコ屋のようにドアの前に行列を作ってて、一寸吃驚しました。
恐らく「一番湯マニア」なんでしょうなあ。
待つ間もなく時間は15時となり、私も自動ドアをくぐってお金を払い、裸になって浴室に入りました。
午後もまだ半ばの時間帯。
浴室内には広い窓から入ってくる光でとても明るく、透明感の溢れるなかなかいい雰囲気です。

ただし、その透明感溢れる空間にいるのは全員肌の弛んだおじさん、或いはしわくちゃのジジイであります。

体を洗って浴槽に入り、心の中で「ふんふんふん」等という感じの鼻歌を歌ってだらけた表情をしていると、いかにも高橋留美子の漫画に出てきそうな雰囲気の、痩せて眼鏡をかけて禿げたジジイがよろよろ入ってきて、私の坐ってる縁の部分から浴槽に入ろうとしてきました。
少し足腰が弱っている様だし、私の横でこけられても寝覚めが悪いやと思ったんで、そのジジイにニコっと笑いかけて、ジジイの為にスペースをあけるために反対側の縁に移ってあげました。
そのジジイの様子が気になった(というか、おもろそうと感じた)私は、観察する事に決めました。

そのジジイは可成り厳しい表情を浮かべながら慎重に浴槽の縁に手をかけ、慎重に縁をまたぎ、慎重に浴槽に足を入れ、慎重に身を沈め、慎重に坐ると、慎重に廻りを見回していました。
そこでやっと緊張が取れたのか厳しい表情が薄れ眉毛の両端が下がり、きりっと結ばれていた口元がだらしなく緩み、私の方を見ました。
そして、さっきまでの慎重ぶりが嘘のように軽やかな感じで私の方の縁っこまでやってきて隣に坐り、私にこう訊ねました。
「おにいちゃん[1]。あんたも眼鏡掛てるな。度数はどのくらいかの?」

町の銭湯ではいろんな世間話が飛び交うもので、私も何度か見知らぬヒトに語りかけられたりしましたが、それらは大抵、
「おう。あんま見いひん顔やな。この辺か」
「いまから雨振ると思うか?」
などという無難なものであり、今回のようにいきなり技術的・哲学的質問を投げかけられる事は全く想定外でありました。

さらに私を困惑させたのは、ジジイの質問にある「眼鏡の度数」という言葉であります。

確かに我々は時々「また近眼が進んじまってよう、眼鏡作り替えて少し度数上げたわ」などという会話をたまにしますよね。
しかしそれは例えば、
「前回作成した眼鏡の度は3.42度であったが、その間の視力の低下がこれだけあって、それをこのマイプニッツ係数を用いた計算に当てはめると3.46度、つまり前回より0.04度あげる事にした」[2]
等と言う事実を基準にしたものではないよねえ。
だからそうでしょ、あなた。
もし友人にさあ、
「お、眼鏡買えたじゃん。かっけーじゃん。フレームもいい感じだけど、レンズの方、度数どんだけ上げたんだよ?」
って聴かれたら、返事出来ないでしょ?
私もそのジジイに度数を言われてどのように答えればいいものが困惑してたんですけど、まあ裸眼視力を言うのが適当だろうと考えました。
しかし実は私、自分の裸眼視力を覚えていない。
なのでジジイに、

私(以後、A):
うーんたしか、0.01とか何とかって言われたような気がしますね

じじい(以後、J):
近眼か?

A:
そうですね、近眼です。
でも老眼も来てるから朝テレビのニュース見ながら新聞読む時は困るんですよねー。
眼鏡かけたり外したり。

J:
わしもそう。
近眼。

A:
へえそうなんですか。
近眼なんて、何か若いですねえ。

J:
ちょっとにいちゃんの眼鏡貸してくれ。

A:
(眼鏡を外してジジイに渡しながら)いいですよ。
掛てみてください。

J:
(顔を顰め)う。
にいちゃん。
これキツいな、もうちょっこし[3]弱くならんかな。

A:
弱くならんかなって、そんな事いったって、だってこれは僕の眼鏡だから。
今おいくつなんですか?

J:
もう90だけどなあ。
儂のこの眼鏡なあ、戦争の時つくった。
先の戦争の時。

A:
戦争?
先の戦争って、朝鮮戦争とかってことですか?

J:
違う。
大東亜戦争んとき。
だからもう60、いやあ70年も前か。
流石にツルはかえとるけど、玉はそのときのまんま。

A:
ほんとですかあ。
すごいですね。
物持ちがいいんだねえ。
あと、昔のものは最近のものと違って、長く持つようにキチンと作られてるんだろうねえ。
じいさんも視力が下がってないってことですよね。
これからもきっとこのまんま行けますよね。

J:
(表情がもの凄く不安そうに激変して)そう思うか?
儂はずっと見えてたいんだけど、最近白内障って言われて薬を指してるんだけど…
見えなくなるのがこわいんじゃけどなあ。

A:
ダイジョウブですよ。
お医者の言いつけ守ってしっかり薬を続ければだいじょうぶですからね

こんな会話を少しばかり楽しんでから、ジジイより先に出てきたんだけどね。
でも不思議な時間でした。

眼鏡の玉(レンズ)って、果たして70年も持つものなのかなあ?

フレームだけは変えているとすれば、フレームに合わせる為にレンズを少しずつ削っている筈で、でもジジイの眼鏡のレンズは充分に大きかった。

私はそのジジイに担がれたのか、ジジイの話はマジだったのか、そのジジイと語り合った事自体が白昼夢だったのか、そもそもそのジジイそのものがマボロシだったのか…?

[1]
ジンセイを大きく「青年期」と「老人期」に分けるとすると、私は問題なく後者に属するものですが、そのジジイなんかに言わせりゃあ私何ぞはまだハナタレなんでしょうなあ。

[2]
当然この部分、当然全部嘘ですからね。
マイプニッツ係数などというものはこの世に存在しないから、ググる必要はないからね。

[3]
「もうちょっと」と「すこし」のハイブリッド。

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