2011年8月18日木曜日

チャンピックス日記(18) 服用16日目/禁煙9日目

近所の道路に小学生が何人か集まっていて「と~しまえんに、い~きたいな~」という唄を唄ってる。 何だろうなあと思ってみてると、他の小学生も少しずつ集まってきて次第に大集団になってきて、全員整然として「と~しまえんに、い~きたいな~」と唄い続けていてうるさい程。
気が違いそうになってきたため耳を塞いでやり過ごそうとするが、それでも聞こえてくるのでのたうち回る。
流石に辟易してわたしは岐阜の実家に逃げて2階で寝そべってぼんやりして本を読んでいる。
そこで可成り強い地震に襲われた。
さてどうしたものかと思案していると、揺れの影響で家が水平方向にゆっくり回転し始め、遂には360°完全に回り切ってしまいそこで地震はやんだ。
地震が止んだ後も何故か電気やガスは使えるのだが「360°家が回転したら、普通配管や配線が切れて電気とか使えねえんじゃね。でも使えるという事はこの家を造った大工の棟梁は相当エラい奴だな」と思った。
そこで目が覚めた。
時刻は5時少し過ぎ。

どう?
意味も創造性も明日への示唆もなーんにもない夢でしょ。
夢ってのは「理論整然として思わず膝を叩いて納得」みたいなのは皆無で、大抵ヘンですよね。
この日記に過去2つほど見た夢について書いたけど、どちらもヘンでした。
今朝見た夢もちょっとヘンだけど、それでもまあ普通寄りかな。

ただ「地震が起きて、そのとき自分がいる建物が回転したり流されたりする夢」っていうのは過去何回か見た事があるので、まあ自分としてはスタンダード。
従って、この夢はチャンピックスの副作用ではないよ~だ。
1回目の夢も、今冷静に考えてみると、あれもたまに見る「ヘンな夢」の域を出ないような気がする。
わたしに関しては、チャンピックスの高名な副作用である「悪夢」は起きていないと言ってよろしかろう。

それはそれとして、どっかの大学の心理出身でフロイトかぶれのヤな奴がもしいたら、良かったら俺のこの夢を分析してくれないか。


一方現の世界のわたしは、どーも寝違えたようで左肩に痛みに近い違和感を感じている。
わたしは相当寝相がよろしくないため、しばしばこうなる。
肩だけではなく、上腕部にまで痛みが走る。
クルマの運転が心配。

さて、シャワーを浴びてご飯を食べてチャンピックス服用して、出勤ですね。
退職まで毎日続くルーティンワークの始まりだ。

ただいま会社に到着。
昨日から続いている「Bloggerの新しいバージョンの投稿画面が全然使えない」というトラブルは、ひょっとして自宅で使用しているパーソナルコンピュータのOSやブラウザのせいではないか(MacOSX+FireFox)と密かに考えている私は、事務所の机に向かうと早速PC(Windows7+IE8)を立ち上げ、新バージョン側で投稿を試みたが、予想に反してこっちでもダメ。
ず~っと砂時計状態。
MacOSでやってもダメ、Windows7でやってもダメ。
ということはOSとかブラウザの問題でなく、わたしというヒトに問題があると考えざるを得ない。
Googleよ、何故にわたしを謂われもない差別で苦しめるのだ。
神よ、我を救い給え。

時間は飛んで、今は昼休憩中。
吉野家で牛丼並盛りつゆだくを食べて帰ってきたところだ。

早速これを書いているわけだけど、依然として新バージョン投稿フォームが使えない、でもまあ別にかまわない。
ただ、これが続くと、このブログの本業である温泉記録にやや不便だ。
「場所」のオプションが表示されないのは困るんだな。
うーん、機能が回復したらまとめて修正すればいいか…

とか何とか、敢えていろんな事をあーだこーだ考えながらこれを書いているのは、実は午前中、顧客絡みでちょっと(というか、随分)厄介な問題が発生し、そういうときはすごおく煙草が吸いたくなるんですよね。
酒飲んでるときより、ずっと吸いたくなる。
それを忘れるために思考を横にねじ曲げてるわけです。
まあ、事務所に帰ってしまえば基本的には吸えないので、その環境でだいぶ助かっているけど。
さあ、午後は午前中出来なかった仕事をやらなけりゃな。
がんばろ。

午後はルーティンワークそのもの。
それが嫌で役職者になった筈だけど、部下の管理もルーティンワークも課の運営もやってる。
給料、まあああああああったくぜんぜん足りませんね。
まあいいやそれはね。
人生だからな。

<体調>
何だか、嗅覚が冴えてきた。
香りも臭いも、煙草吸ってた頃より敏感に感じる様な気がする。
「香り」のほうは別にそれで問題ないけれど、「臭い」の方は困るんだな。
さっきも、電柱からわんこのおしっこと思われる臭いが立ち上ってきて辟易した。
乾き具合からすると、時間経ってるはずなのになあ。

<気分>
なんていうのかな、ひからびた気分かな。
U野先生、今書く事は、禁煙に対して否定的な意味ではないよ。
ただ、整理しなきゃ。
(元喫煙者として甘えて)再記しますけど、何かの危急の時にまず落ち着いて煙草を嗜み、それで落ち着いて事に対応出来るってのがあったんですよ。
コーフンして攻撃的になってる債務者に「まあ、取り敢えず(敷地外に行って)吸うか」って言う事も(稀ながら数回は)あったな。
「オマエも吸うんだろ。よし、スーパーの駐車場に行くか」
ってね。
それが今後出来ないんですよね。

わたしもやつらも、落ち着けない訳だよね。
ひからびた気分ってのは、そういう意味です。

おやすみなさい。

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コメントどうもありがとうございます。
貴方のコメントは世界とワシとあなたを救う。
たぶん。